2013年11月05日

オアフ島

昨年のことになるが、留学時代の友人が、ハワイで結婚式を挙げるということで妻が招待されていた。僕自身はハワイに行ったことがなかったし、こういうことでもなければ…ということで便乗することに。以前に会社の後輩がハワイ挙式をしたときは、日程的に難しくて参加出来なかったのだが、今回は七月の海の日の三連休に、一日お休みを追加し、金曜深夜の羽田発ANAを使って、3泊5日の弾丸ハワイの旅へ。とは言うものの、その友人の都合で結局結婚式には参加しないことになったので、単なるハワイ物見遊山の旅となってしまったのだが、まあ、初ハワイだしそれはそれでいいとしよう。

以前は「ハワイに行くなんて芸能人かよ」…等と、えらくひねくれた物の見方をしていて、どうせお休み使って海外旅行に行くならヨーロッパの街巡りの方が…という主義だったのだが、社会人になって周囲の人の話をいろいろ聞くと、のんびり過ごすもよし、お買い物を楽しむもよし、スポーツをするもよし、子供連れでも楽しめて、ハワイはいいよ〜と言う声がしきり。というか、ハワイの悪口を言う人は(行ったこともないのに斜に構えていた僕のような人を除けば)皆無の状態。知り合いや妻からも、「本当はハワイ島のほうが良いよ!」というアドバイスを頂いたのだが、今回は入門編ということでオアフ島へ。

ホテルはダイアモンドヘッド&オーシャンビューという、なかなかよい景色。新婚旅行でもないのに、シャンパンのボトルが用意されていたので、ありがたく頂戴する。

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金曜深夜便で、時差の関係もあって現地に着くと、ハワイ時間で金曜日の午後。飛行機の中で寝てきたから、早速行動開始。最初はローカルバスでも使ってあちこち移動しようかと考えたが、普段都内で車に頼りっきりな生活でなまってしまっているので、思い切ってレンタカーを借りることに。アメリカで運転免許を取った妻はともかく、僕は左ハンドル初体験で、交差点で曲がるたびに「キープ・ライト、キープ・ライト…」と呟いていた。そうでもしないと、左斜線に入ってしまいそうになるのだ。

もっとも、ホノルル市内は一方通行も結構あり、慣れてくると左ハンドルでもそんなに苦にならなくなる。考えてみたらあちこちから来る観光客が普通にドライブしてるくらいだし、思った以上に運転しやすい街並みなのかもしれない。

初日はあんまり遠出もしないで、運転に慣れるためドライブがてらハワイ名物のロコモコを食べに行くことに。ガイドブックに載っていた「レインボードライブイン」という店で、地元の人も結構食べに来るお店らしい。実際、家族連れなんかも大勢来ていたようだ。しかしアメリカはさすがにボリュームが大きくて、すぐにお腹いっぱいになってしまう。こんなものばかり食べてるからこちらの人の体形は…と思ってしまうが、味の方はまあまあ、かな。翌日に備えて、この日は早めに休むことに。

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翌日は、ハワイに来たら是非行きたいと思っていた真珠湾へ。カーナビの性能が悪くて、微妙に迷子気味。危うく物々しい警備の軍施設に入りそうになったりする。妻の友人は以前、そのまま施設に突入し、(軍関係者の)IDを求められるも、ひるまずパスポートを見せるという離れ業を演じたらしいが、小心者の僕たちはおとなしく正しい道を探して右往左往。なんとか無事到着するも、既に長蛇の列が出来ている。アジア人ほとんどいない様子だったが、一部のアメリカ人は日本人が観光にやってくるのを快く思っていない向きもあるという。まあ、この辺りは広島や長崎を訪れるアメリカ人みたいな物だと思ってもらうことにしよう。ツアー開始時間まで待って、簡単なビデオを見せられた後、船で移動。

1941年の12月7日日曜日(現地時間)、日本海軍の奇襲攻撃によって沈んだ戦艦アリゾナは、今も戦没者を抱いて真珠湾に眠っている。そんな海底に沈むアリゾナの上に作られた追悼施設が、アリゾナ記念館 。上から見ると、アリゾナの船体からは、今でも重油が流れ出ているのが分かる。記念館はそれほど大きくないが、内部には犠牲者の名前が記される。しばしの黙祷。

その後、戦艦ミズーリ見学へ。日本語を話す日系人のガイドが付いて、解説して歩いていくれる。何でもテキサスで日本食レストランのビジネスで成功し、今はハワイで老後を過ごしていると言う事らしい。艦内の狭い廊下を行き来するのだが、日本の特攻隊がミズーリに激突する瞬間の写真展示や、1945年9月2日、時の外相・重光葵が降伏文書に調印した、その場所を示す記念プレート等が見学できる。太平洋戦争開始と終結を象徴する2つの戦艦を目にして、遠い昔の戦争に思いをいたす。
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2013年06月10日

ニュースルーム

WoWoWで放映されているドラマ、「ニュースルーム」(原題"The Newsroom")がなかなか面白い。アメリカHBO製作のドラマで、あちらでは昨年から放映が開始され、すでにセカンド・シーズンも放送予定らしいが、とりあえず日本ではファースト・シーズン。既にあと2回の放送を残すのみ。

アーロン・ソーキン企画・脚本で、いままで何度か触れたドラマ「ザ・ホワイトハウス」を髣髴とさせる作品。ケーブルテレビ局ACNの人気アンカーマン、ウィル・マカヴォイを主人公に、真の報道を目指すニュースルームのスタッフたちを描く。このドラマの面白いところは、実在の人物や現実の事件を扱うところ。福島原発の事故や、ビン・ラディン殺害作戦も描かれる。ウィルは共和党員という設定だが、それでもティーパーティー派には納得がいかず、番組内でこき下ろす。そしてそれが、許認可権限を持つ彼らとの摩擦を避けたい経営陣との対立を招く。

ドラマの中で、ティーパーティー派のスポンサーとして名前が出てきたのがコーク兄弟。ゴリゴリの保守派にして、コングロマリットを経営、二人の資産をあわせると、ビル・ゲイツ、ウォーレン・バフェットに次ぐ影の大立者…と、まるでマンガの世界に出てくるような悪役に聞こえるのだが、なんとこの兄弟も実在するらしい。寡聞にして知らなかったのだが、探して見るといくつかの資料が見つかる。

コーク(Koch)兄弟についての考察 宮田智之

コーク兄弟の名前をだしてティーパーティー派を叩くウィルに対し、経営陣のレオナは激怒、自前のタブロイド紙やワイドショーを使ってまでウィルへの個人攻撃を開始し、方針転換かクビかを迫る。視聴率を気にしながらも、信念を貫こうとするウィルたちの葛藤も見もの。

登場人物たちのキャラクターもなかなか魅力的で、ウィル以上に理想主義に燃えるエグゼクティブ・プロデューサーのマッケンジー(テレビには映らないものの、アンカーのウィルとは逐一連絡を取って、取り上げるニュースから当日の進行までを差配する)、マッケンジーの部下のプロデューサーであるジム、そしてジムと微妙な関係であるマギー。この二人のマシンガン・トークのようなやり取りは、「ザ・ホワイトハウス」でのジョシュとドナのやり取りを思い出させる。アーロン・ソーキンの得意技。そしてレオナを敵にまわしつつも、ウィルたちをサポートする報道局長のチャーリー。

ちなみにドラマではチャーリーの元に、NSA(=National Security Agency、国家安全保障局)のスタッフを名乗る人物から「アメリカ政府が国民を盗聴している」という内部告発が入ったりするが、ちょうど最近、アメリカ政府がネット上で情報収集を行っているという内部告発があったりして、見ていてもなかなかにリアルなのが面白い。

日本での放送はまもなく終わってしまうが、続きが待ち遠しい作品だ。
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2013年04月01日

カイロ

エジプト'12-'13』、

ルクソール西岸』、

ルクソール東岸』、

アスワンへ』、

アブ・シンベル』、

アレキサンドリア』の続き。

アレキサンドリアからはバスでカイロに戻る。相変わらず市内は交通渋滞だ。こちらではオートバイはノーヘル、二人乗り当たり前。ライトバンみたいな車で乗り合いバスがあるが、何故かドアが開けっ放しだったり、後部のエンジンカバーが取り払われていてエンジンがむき出しになってたりする(空冷強化?)。

そんなこんなするうちに、今夜(翌日は夜便で帰国なのでエジプト最終夜)の最後のイベント、ナイル川ディナークルーズ。日本からのツアーには必ずと言っていいほど組み込まれており、クルーズ船の中は日本人観光客だらけ。僕たちの添乗員と以前どこか別のツアーで一緒だったというお客(今回は別会社のツアー利用)がいたり、世の中狭いものだと思わせる。アレキサンドリア日帰りの無理がたたったのか、カタコンベで興味深々だった女の子が体調を崩してしまったようで、親子3人クルーズを諦めて早めの帰宅。ちょっと可愛そうだけれど、翌朝は観光の目玉、ギザの3大ピラミッド見学が控えているから、そちらを優先した方がベターかも。

なんて思っていると船は静かに出港。ビュッフェで食事の提供とあいなるが、他社ツアー客がわっと食事に群がり、長蛇の行列。お上品な僕たちのグループは出遅れてしまいましたとさ。船内では歌手によるショー、スーフィーダンス、そしてベリーダンスが披露される。お約束として観客がステージに手招きされ、ノリノリで踊ってしまう人がいるのもご愛嬌。

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2時間程の船旅を終えてホテルまでの帰途につくが、途中、バスが細道に入ったら不法駐車で立ち往生。すると、エジプトではよくあることなのだが、その辺にいる関係ない人たちがわらわら飛び出してきて、その車を無理やり動かして道を空けようとする。そのうち持ち主がやってきたのだが、車に傷がついてるとかでちょっとした騒ぎになりかけるが、これまた野次馬(?)がバスの塗料と見比べて、僕たちのせいではないと説明、無罪放免で出発進行。知らない間に車をこすられてた持ち主は可愛そうだが、こんな狭い道の路肩に停めている方が悪いって事で。


翌朝はいよいよピラミッドへ。ちなみに最後に連泊したカイロのホテル(初日に泊まったところとは別)は、ピラミッド・ビューと言うことでお部屋の窓からも、ホテルのエントランスを出たところからも堂々たるピラミッドの姿が見える。

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まずは世界最大、言わずと知れたクフ王のピラミッドへ。内部に入って見学もするのだが、例によって中での写真撮影は禁止。添乗員にカメラを取り上げられて内部へと進む。玄室までの階段は結構ハード。しかも行きは良かったのだが、帰りは人一人分しか幅のない階段で、下から上ってくる集団をやり過ごすため待たされる。ただ。上りきった玄室は思ったより狭いから、そのうち人で溢れちゃうからいつまでも待つわけに行かず。陽気な外国人が待ちきれず、階段の手摺の外側をすーっと滑って降りていったりもしてた。
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クフ王のピラミッドから出て、バスで3大ピラミッドがまとめて見えるパノラマポイントへ移動。最大なのはクフ王だが、高台にあるため大きく目立つのがカフラー王、そして3つ目がメンカウラー王だ。近くで見上げるのも壮観だが、反対側から砂漠とピラミッドというイメージどおりの光景もなかなか。

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実はサッカラの屈折ピラミッドに行ったとき、現地ガイドのマックに止められていたにも関わらず、こっそりとラクダ業者のラクダに乗って記念撮影をしていた。5ドルで言いと言うから乗ったのに、案の定もっと寄越せとゴネる。もっと遠くへ連れて行ってやるぞとも言われたが、バスの時間もあるからと逃げて来たのだった。パノラマポイントでは、マック御用達の(?)ラクダ業者がいるのか、彼の管理下撮影したい人はどうぞ…と言うことで、改めて記念撮影。ポーズだけ決めて撮影したら、すぐ降ろされるという流れ作業だが、こちらは2ドルだし仕方ないか。そういう意味では、サッカラの5ドルはぼったくりだなぁ。

このパノラマポイントは割といろいろなツアーが利用する人気ポイントなのだが、さらにさらに、僕たちのツアーではもう一つのパノラマポイントへと移動する。少し砂漠の奥に入るので、時間の関係で訪れないツアーも多いようだが、こちらの方がピラミッドは見やすい・

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ピラミッドの後は、これまた定番のスフィンクス。実際、僕たちが知っているスフィンクスはカフラー王のピラミッドの付属品だ。

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午後はハン・ハリーリ市場へ。観光客でごった返すこの市場は、迷路のように細い通路が並び、所狭しと商品を並べたお店が並ぶ。客引きもすごいので、市場の入り口にあるカフェで休むガイドからあまり離れないようにひやかしで覗く程度。妻がツタンカーメンを象ったボールペンに興味を示したので、暇つぶしがてら商人と交渉。別に一つ一つの値段は僕たちの感覚からすると大した事ないのだが、そんな高い値段じゃ買う気はないよーと言うそぶりを見せるとあっという間に値下がりする。そういえばエジプト人は日本製のボールペンが大好きで、特に3色とか4色のボールペンがあるとお店でおまけしてくれたりと言う事で、事前に100円ショップで大量に仕入れて来ていたのだが、肝心要のこの市場に持ってくるのを忘れてしまう。もっとも、ボールペンを買うのに、別のボールペンが使えたかどうかはヨクワカラナイのだが…。

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この日は金曜日と言うこともあり、市場に隣接するモスクからは信者が大量に出入りして大混雑。ボールペン以外には特に欲しいものもないので、カフェでお茶をして過ごす。

その後、ちょっと時間があるということで、サダト大統領が暗殺された場所にある記念碑を訪れる。1981年10月6日、第4時中東戦争開戦記念日のこの日、戦勝記念パレードを閲兵していたサダトはその観覧台にて暗殺される。

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やはりエジプトということで記念碑もピラミッド型なのだった。

カイロの最後はお土産を物色しにショッピングセンターへ。実は妻がお土産にネフェルタリというお店の天然素材の石鹸等を欲しがっていたのだが、カイロ市内にあるお店はちょっと遠く残念ながら路面店には行けなかった。ところが、このショッピングセンターには、ネフェルタリが入っていると言うではないか。広いモール内を歩き回って探したそのお店は小さな露店程度の出品スペースだったが、なんとか無事にお土産ゲット。さらに中にあるスーパーは、いかにも海外のスーパーと言った感じで、大きな店舗、大きな棚に商品が所狭しと陳列されている。この頃になると、手持ちのエジプト・ポンドが手元不如意になっており、かといって今更手数料を払って両替するのもばからしいし…と言う事で(スーパーでは米ドルは仕えない)、シティバンクのATMからの現地通貨引出しは大変重宝した。エジプト・ポンドは余っても再両替できないし、紙幣も触るのをちょっとためらうくらい汚いし、使い切るに越した事はないのだ。

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そんなこんなで長かったようで短かった年末年始のエジプト旅行も無事終了。旅行後にはまた政情不安が高まったり、ルクソールでは気球事故で日本人も亡くなったりしていたが(いろんな人に「年末エジプト行ってませんでした?気球乗ったんですか?」と聞かれた…)、やはり5000年の歴史の持つ「重み」を体験するには、現地で実際に見てみるのが壱番いい。早くエジプトの状況も落ち着いて、多くの日本人観光客が訪れ、現地にお金を落として上げられるようになるといいと思う次第。
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2013年03月03日

アレキサンドリア

エジプト'12-'13』、

ルクソール西岸』、

ルクソール東岸』、

アスワンへ』、

アブ・シンベル』の続き。

翌日は電車で地中海沿岸の街、アレキサンドリアへ日帰りの予定であった。カイロのラムセス中央駅を8時出発予定で、1時間前の7時頃にホテルを出発しようという事だったのだが、こちらに来てからの交通渋滞が余りにも酷いということで、さらに30分早く6時半には出発することに。案の定、道路は無数の車で埋まっており、クラクションは鳴りまくり、車線なんか無視されまくりで、ちっとも駅に到着しない。7時を回った頃には、この渋滞で大丈夫かなぁ…と少し不安になってきたが、そのうち高速道路左手にラムセス中央駅を見て通り過ぎたので、後は高速を降りてUターンし駅に向かうだけ

ところが、そこから先がさらなる大渋滞。じりじりとバスは進むものの、明らかにペースは落ちており、駅を通り過ぎてからの距離感とスピードから逆算すると、どうにも間に合いそうにない。現地ガイドのマックは、セキュリティやドライバーとアラビア語で何やら大騒ぎをしているが、添乗員は「このままだと間に合わないかもしれないですね〜」とのんびりしている。電車のチケットもあるから、簡単にリスケできるかどうかも分からないが、丸一日アレキサンドリアまで往復の予定だから、多少時間がずれても大丈夫だろう、ただ、時間がないからアレキサンドリア行きは中止です、とか言われたら辛いなぁ…等と考えていた。

時計も7時半を過ぎ、バスがぴくりとも動かなくなり、誰がどう考えてもアウトだと腹をくくり始めた頃、突然マックとセキュリティがバスを降りていく。反対車線はそれなりに車も流れていたのだが、その辺の車を適当に止めて何やらやっているな、と思ったら走って戻ってきたマックが突然「早く降りて!向こう側に渡って!」と叫ぶ。まさかのバス途中下車、道路ダッシュで横断、その辺で捕まえた車(観光バスでもなんでもない)にツアー客移乗という荒療治。添乗員も驚いていたが、怪我人でも出てたら一体どうなったことやら。僕たちのツアーは人数もそんなに多くないから良かったけれど、JTBとかHISとか阪急交通社とかの大集団だったらアウトだったろうな〜と思わせる。またこの捕まえた車が飛ばす、飛ばす。運転手もなかなか良い腕をしており、F1のように細かなブレーキングとハンドル捌きでどんどん駅に向かっていく。

と言うわけで、マックの機転というか、とっさのリスク管理(?)により、駅に着いたのが7時50分.。駅に着いたら着いたで露店の人ごみやら、車列やらを掻き分け構内へ。そこには何故か僕たちを待っていた駅の職員がいて、無事に電車まで案内してくれたのだった。後で聞くと交通事故があったとかで、いつもよりもずっと混んでいたらしい。とにもかくにも、事故もなく無事に間に合ってよかったが、今思い出すとちょっと怖い気もする。ちなみに渋滞はこんな感じ。

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向こう側に見える車列に捕まっていたバスを降りて、こちらへダッシュしてきたのだった。

さて、僕たちが乗ったのは一等車と聞いていたのだが、窓には「銃弾の跡か!?」と思わせるひびが入っていたりする。

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車体も結構汚れていて、綺麗な観光バスに慣れているとちょっと…という気もしなくもないが、座席自体は結構広くて快適(もっとも、トイレは怖くて行けなかったけれど…)。アレキサンドリアまで2時間半程、朝早かったのでうつらうつらしたらもう到着していた。

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アレキサンドリアはお菓子、靴、シャンデリア、が名産品(?)らしく、街中にもそれらのお店がたくさん並ぶ。また、エジプトの貿易の95%がアレキサンドリア港経由という、人口400万人以上の大都市だ。カイロ同様、渋滞が激しく、駅前の広場には露店が並んでちょっとしたマーケットが立っているが、観光バスが通るたびに何人か轢いてしまうんじゃないかと怖くなるくらいカオスな状態。市内には路面電車も走っており、古い日立製の車体が使われている。見た目余りにもボロボロで、日立製(というか日本製)をあんまり前面に押し出したくない状態なのだが…。ちなみにエジプトで人気の日本ブランドは車ならトヨタ、家電なら東芝らしい。

さて、無事に到着したので、気を取り直してアレキサンドリア市内観光。最初に訪れたのはポンペイの柱。ローマ皇帝、ディオクレティアヌス帝が建てた図書館の柱のうちの一本だと言われている。今では一本だけがぽつんと立っているが、当時は400本もの柱が立っていたという。

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ポンペイの柱の近くにあるのが、エジプト最大級というコム・エル・シュカファのカタコンベ。大きな骨が展示(?)されており、びっくりしたのだが人骨には大きすぎる。聞くと馬の骨だと言う。日本語の達者な現地ガイドのマック曰く「どこの馬の骨だか分かりませんが…」。ところでツアーに参加していた親子3人連れがいたのだが、女の子はどこの観光地に行っても大人しく一歩下がって見学していたのだが、なぜだかこのカタコンベだけは最前線で食い入るように見学していた。人間、何に興味があるか分からない…。このカタコンベでもカメラ持ち込み禁止で、入り口で職員にカメラを没収される人もいた。こちらの観光地の職員は、仕事熱心なのかそうでないのか極端で、いい加減極まりないセキュリティチェック(空港にあるようなX線装置があちこちにあるが、動かしていなかったり、ビービーなっても無視したり)もあるかと思えば、僕のリュックに入っていた小型の三脚(長さ10センチ程)を目ざとく見つけて預けさせられたり、仕事のクォリティの差が大きいのだ。

そしてバスは一路地中海へと向かい、そこで目にするのはカイト・ベイ要塞。かつて世界七不思議の一つにも数えられたファロスの灯台跡地に、15世紀、マムルーク朝スルタン、カイト・ベイによって建てられた。ちなみにファロスの灯台は14世紀に(またもや)地震で倒壊したという。

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ところで歴史の好きな人なら、アレキサンドリアと聞けば図書館を思い出すだろうが、紀元前3世紀頃に完成した古代アレキサンドリア図書館は、火災で喪われてしまっている。その大図書館を現代に蘇らせようと地上地下11階建ての図書館が建設されている。今回は残念ながら訪れる事はできなかったが、プラネタリウム等も併設された、なかなか立派な施設らしい。

代わりといってはなんだが、アレキサンドリアの国立博物館を見学。地中海の海底から発掘された遺物が展示されており、なかなか面白い(以前、日本でも「海のエジプト展」が開催されている)。

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ところで、アレキサンドリアといえばクレオパトラ(7世)なのだが、彼女の墓はどこにあるのか不明らしい。マックはアレキサンドリアにあると思うが、発掘するには15メートルくらい掘らないといけないから、なかなか難しい…なんて事を言っていた。たしかにエジプトも都市部は大都会になっているし、そこに住む人々を動かして発掘するとか難しいのだろう。
posted by としゆき at 14:29| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エジプト紀行2012-13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月20日

アブ・シンベル

エジプト'12-'13』、

ルクソール西岸』、

ルクソール東岸』、

アスワンへ』の続き。

翌日は早朝からバスでアブシンベルへと向かう。ラムセス2世の建設したアブシンベル大神殿、そして彼の最愛の妻ネフェルタリに捧げた小神殿がそびえる。るるぶエジプトで吉村作治が面白い解説をしていたが、古代エジプトは南部に国境を接するヌビアとたびたび軍事的衝突を起こし、ヌビアにエジプトの威光を見せ付けるためにこの大神殿を建立したと言う。ところが、そんなに立派な建造物を作るほどの富があるのなら…と逆にヌビア側の侵攻意欲を強め、その300年後には古代エジプトはついにヌビア人に征服されることになる。

Egypt_AbuSimbelGreat.jpg Egypt_AbuSimbelSmall.jpg

今回のツアーのご他聞に漏れず、アブシンベルに到着してもガラガラ。ほとんど貸しきり状態で、さすがにここまで来るとかわいそうに思えてくる。神殿内部はガイド、撮影が禁止されているので、予め外で解説を聞いてから中に入るのは王家の谷と同様。彼が解説のネタ本にした「アブ・シンベル神殿」と言うガイド本、観光地に良く売っているような各国語でのガイド本なのだが、よくよく見ると…作者が、今回のツアーの現地ガイド、マグディ・ガマール(愛称はマック)となっているではないか。

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そう、彼は観光ガイドを勤める傍ら、考古学博物館にも通う研究熱心な面もあり、こんな本まで書いてしまっていたのだ。日本(語?)を学んでいたのだが、成績優秀でご褒美として日本に2週間滞在する機会も与えられたと言う。そのとき食べたリンゴの美味しさが忘れられないらしい。ちなみに今は、エジプトの植物についての本を執筆中ということで、バスの車窓から見える草木の名前を次々上げていく。「知り合いのガイド連中に買ってもらえると思います」なんておちゃめな期待もしている。

ところで、この現地ガイドのマックだが、以前ガイド中に交通事故で半死半生の目に遭っている。

----------(引用開始)----------
JTB、エジプトでバス事故−10名けが、現地ガイド意識不明

2010年6月28日(月)  ジェイティービー(JTB)によると、エジプトで現地時間6月25日16時20分(日本時間同日22時20分)頃に、ルックJTBの参加者15名と添乗員1名、現地ガイド1名を乗せたバスが横転する事故が発生した。添乗員を含めて11名が負傷し、うち2名が骨折。また、エジプト人現地ガイドが意識不明の重体という。死亡者はいない。2名はカイロ市内の病院に運ばれ、その他はアスワンのホテルで待機している。現在、JTB社員が現地に向かう準備をしているところだ。

 ツアーは「ルックJTB大満喫8日間」で、25歳から69歳までの15名が参加。現地からの情報では、エジプトのアスワンからアブシンベルに向かう途中、片側1車線の道路を走行中に、対向車線から進入してきたバンを避けようとしたところ避けきれず、横転したという。
----------(引用終了)----------

この記事中の「エジプト人現地ガイド」と言うのがマックのことなのだ。と言うわけで初日からバスの中でのシートベルトについて口やかましく言われたのもむべなるかな。博識で愛嬌もあり、昨日のガラディナーのグッズを子供のお土産に大事に持ち帰り、後に書くようにいざと言うときのリスク管理もしっかり出来る優秀なガイド、今後は健康でいられますように。

さて、アブシンベル観光後はアスワンまでバスで戻り、昨日見られなかったアスワン・ハイダム観光。高さ111メートル、長さ3830メートル、ナイル川の氾濫防止や農業用水の他、エジプトの電力の2割を賄う一大発電拠点でもある。ダムによって作られた人造湖・ナセル湖は琵琶湖の7.5倍もの面積を持ち、ユネスコによってあわや水没の危機であったアブ・シンベル神殿を移築させる大工事が行われ、後の世界遺産の制定に繋がったと言うのは余りにも有名な話。

Egypt_AswanHighDam.jpg Egypt_AswanHighDam2.jpg

途中、道路のすぐそこまで砂漠が来ている場所で砂漠の砂を見てみる。本当に粒子の細かいさらさらとした砂で、日本へのお土産に是非どうぞ…と言われたのだが、何か変な病気でも持ち帰りそうだしやめておく。砂の上にはスカラベ(フンコロガシ)も歩いている事だし…。

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と言うわけでアスワン→アブシンベル→アスワンの長距離バス移動を終え、飛行機でカイロへ向かう。アスワン空港では飛行機は遅延するは、お土産屋は全部閉まってるはで、かろうじてカフェだけ開いていたので、人気の少ないロビーでiPadしながら過ごし、カイロに帰ったときにはもう随分と夜更けなのであった。
posted by としゆき at 22:19| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エジプト紀行2012-13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする