2014年12月29日

陣痛来る

今年ももうあと3日間。考えてみれば随分と早く過ぎ去った気もするが、自分自身にとって一番大きかったのは何と言っても9月の長男の誕生だった。

9月11日の木曜日、いつものごとく出勤して会社で仕事を始めていたところ妻からメールが届く。いわく、8時半頃に軽く破水したとのこと。いわゆる高位破水と呼ばれるもので、今すぐ子供が産まれて来るわけではないものの、いったん破水が始まると感染症の恐れがあることから入院することになる。とはいえ緊急を要するというほどでもなく、しばらくの間、家を離れるからということで、お部屋の掃除を行ってから病院に行ったらしい。後で僕が帰宅した時に、普段以上にお部屋が片付いていて、一瞬「実家に帰らせていただきます」状態かと思ってしまったくらい。

お昼には妻の母親も病院に来てくれたようで、僕も会社を早退し、家でいくつかの荷物を用意して病院に向かう。妻自身も思ったより元気そうで、病室で一緒に夕食を食べたりして過ごす。このまま様子を見て、翌朝7時より陣痛促進剤を入れて出産…と言う流れになり、僕も翌日に備えて一度帰宅する。

ところが日付変わって12日の金曜日、夜中に妻から陣痛が始まったという連絡が入る。すぐ出産という訳ではないので、5時過ぎまで待って病院へ向かうと、妻は既にLDR(Labor/Delivery/Recovery、つまり陣痛・分娩・回復を同じ場所で行える部屋。分娩時に病室から産室へ移動したりしなくていいので、母体への負担が軽い)に入っており、陣痛でかなり苦しそう。とりあえず以前両親学級で習ったように、「こんな時に夫に出来るのはただただ妻を励ましマッサージしてあげること」ということでマッサージ開始。

その後朝になって助産師さんや付属学校の学生さんもやってきて、マッサージやモニター等をてきぱき始めてくれる。特にマッサージはずっと休みなく行ってくれて、これは本当に助かった。それでも夜中からずっと続く陣痛で妻は焦燥気味、10時になってやっと本日の若い担当医(妊娠中の定期健診で受け持ってくれていた先生とは別)がやってきて診察するも、子宮口はまだ3センチ程度、大体10センチくらいになったら分娩という事なので、まだまだ先は長い。

痛みで既にかなり体力も消耗している妻は、「この次は12時頃に来ます」と言う担当医の言葉を頼りに時計とにらめっこするも、実際にやってきたのは13時15分、この時点で子宮口は6センチ程度。「このままだと夕方くらいですかねー」との事。既に12時間以上経過している事もあり、麻酔を使った和痛分娩について聞いてみるも、出来る限り自然体でと言う病院の方針もあって助産師さんたちは「みなさん頑張ってらっしゃるんですよ〜」等とのたまう。

15時過ぎ、横にいる僕に涙目で痛みを訴えてくる妻の様子に僕自身も限界。二人して再度、和痛をリクエストすると(助産師さんほど信念のない?)学生さんが連絡してくれたらしく、健診してくれていた女医さんが突然の登場。「麻酔をと仰っているんですが…」と言う声に、鶴の一声「いーんじゃないの?」…話が決まると早い、早い、あんなに反対(?)していた助産師さんたちも素早く麻酔モードに突入し、麻酔に向けて血液の凝固しにくさをチェックするための血液検査、そして麻酔科の先生による麻酔と進んでいく。

ちなみに血液検査中に若い担当医に再度診てもらったところ、子宮口は7センチ程度。「ここからは毎時1〜1.2センチくらいだから、(麻酔入れなくても)このまま頑張っていれば21時には産まれるんじゃないかな?」と言われて、逆に僕たちは心が折れ、何が何でも麻酔を入れてもらうと心を決める。さっきは「夕方には」って言ってたのに!

いったん僕はLDRを追い出されて、待合ロビーにいた妻の母・祖母と合流(余りにも陣痛が酷くてやつれているので、妻が外で待ってもらっていた)。陣痛の様子や、麻酔を入れてもらう事にした等と状況を説明する。実は朝から何も食べていなかったのだが、この時差し入れで頂いた豚の角煮弁当の何と美味しかったことか!

17時前にLDRに戻ると、無事に麻酔が効いて楽になってきたようで、妻も見違えるように落ち着いている。ただ、麻酔を入れると痛みは和らぐものの、陣痛自体も弱くなってしまうという事で、出産自体は遅れてしまう。18時半に再び女医さんが来てくれる。妻も元々毎週金曜日の健診だったが、沢山の患者さんで忙しい中顔を出してもらえて、随分と喜んでいた。その際に診てもらったら、子宮口は7センチじゃなくて6センチしか開いてなかったらしく、二人でまた若い担当医におかんむり。

陣痛が弱まっていることもあるし遅い時間になってきたので、翌朝今度は6時に陣痛促進剤を使って出産という流れになり、20時頃に病院を出て一度帰宅。女医先生も、一度帰宅するが、「万が一陣痛が来たら戻るから呼びだして」と仰ってくれる。何とも心強い。田舎の姉から、「明日産まれるのなら、明日会いに東京に行ってもいい?」というのんきな問い合わせが来たので、産まれるにせよ産まれないにせよ、そんな慌ててやってこなくても…と諫めておく。携帯の記録によると、妻にお休みを伝えたのが21時13分。朝早く(と言うか夜中から)の疲れで、まさかこの後大騒ぎになるとは思いもしないでそのまま深い眠りに落ちて行くのだった。
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2014年08月13日

CFA

CMAとCFA』を書いたのもずいぶんと昔になってしまったが、結局その後、日本の証券アナリストを取得し、CFA受験も続けてきたのだが、今年無事にCFAのLevel IIIに合格して、「CFA協会認定証券アナリスト」(日本CFA協会による"Chartered Financial Analyst"正式訳)となることが出来た。

CFA試験は毎年6月にあるが、2011年は証券アナリストの2次試験とかぶって受験出来ず、2012年は試験自体さぼってしまったので、結局2013年にLevel II、そして2014年Level IIIと3年半もかかってしまった。僕がCFA試験を受けようと思うきっかけとなった会社の元後輩は、12月にLevel I(Level Iだけ12月と6月に試験がある)→翌6月にLevel II→さらに翌6月にLevel IIIと、最短の1年半で終えているので、彼と比べても随分と遅い歩みとなってしまった。

CFA資格を取得するにはLevel IIIまでの試験に合格し、投資関連で4年以上の実務経験を有し、さらにCFA協会(日本CFA協会じゃなくて、CFA Institute=CFAI)の正会員となる必要がある。正会員を申請する際はすでに正会員であるメンバーの推薦が必要だが、「試験結果発表後は混むから早く申し込んでおきなさい」と親切にもCFAIからアドバイスが届いたので、先の優秀な元後輩と、元同僚の方にお願いして既に入会していた。なので、試験合格の通知が来て、本日CFAIのページにログインすると既に自分の名前の後に", CFA"と表記されており、ちゃんと"Earned the CFA charter on 12 August 2014"と表示されていた。

ところでCFAIへの申請はオンラインで行うのだが、自動的にlocal society(日本の場合は日本CFA協会)へも入会申し込みするように誘導される。別にCFA資格の必須でもないし(CFAIに確認済み)、高い会費(200ドル)を払うこともないので、こちらには入会せず。日本CFA協会は、CFA受験料の奨学金を出したりしているのだが、対象を会員限定としている(つまり奨学金がもらえるかどうか分からないが、とにかく会費は払えということ)。今後CFA受験する方は日本CFA協会が必要かどうかをよく考えて決めてください。

CFA試験のLevel Iはmultiple choice、各問題に対してAからCの三択でどんどん答えていく。Level IIはitem setと呼ばれ、設定を述べた小文(vignette)が与えられ、各小文に対して同じく三択で6問ずつ答えていく。小文と言っても複数ページに渡ったり、表が含まれていたり、読解力も必要となる。そしてLevel IIIも午後はこのitem setだが、午前はconstructed response(あるいはessay)と呼ばれる形式で、要は証券アナリストの2次試験のような筆記試験だ。この形式を苦手とする受験生は多いらしく、まして英語ネイティブでない我々には試験勉強していても、自分の答えが合ってるのか違ってるのかピンと来ない。

CFA講座のあるTACのような予備校にでも行けばいいのかもしれないが、独学だった僕はこのエッセイ形式には最後まで達成感を得ることができず、Level I、II、そしてLevel IIIの午後も全部7割超の正解率だったのに、午前は全11問中3問、配点にして180点中55点分の問題で、51-70%の正解率だった(CFAIは問題毎に得点状況を5割以下、5-7割、7割超の3分類で教えてくれる)。日本CFA協会が受験生有志によるグループ勉強会を主催したりしているようなので、不安な方は参加してみてもいいかもしれない(ただし例によって会員限定だったりするので、入会のコストとベネフィットを良く考えて)。

エッセイという形式自体の難しさは別として、問題内容自体の難易度はやはり良く言われるようにLevel IIの方が高いと思う。だからLevel IIに受かると、もうCFA資格を取った気になったりするわけだが、そんな難関Level IIを突破した人の約半数がLevel IIIに落ちるわけで(今年の合格率は54%とのこと)、やはり最後まで気を抜いては行けないということなのだろう。

ちなみにCFAIは2013年から、試験日程を世界的に6月最初の土曜日と統一したようだ(その前は日本では日曜日だった)。土曜日に最後の追い込みをかけられる地域とそうでない地域の差をなくそうということかもしれないが、試験前は土曜日に勉強できないことを辛く感じたが、いざ終わってしまえば翌日曜日にゆっくりと休めるのはありがたかった。なにせ午前午後3時間ずつ、計6時間の試験なので、終わったときにはぐったりなのだ。この日程変更によって、理屈の上では証券アナリスト(日本では日曜日)とCFAを同時進行で受けられるようになったが、よっぽど体力面に自信がある人以外にはお勧めできないので、素直に順番に取っていきましょう。

とにかく、これで長きに渡ったCFA受験勉強からやっと解放されることになった。株式や不動産、行動ファイナンス等、自分の専門外も含めて、金融分野をたっぷり勉強するのは、なかなかよい経験だったが、さすがに毎回参考書を英語で1,000ページ以上読み込むのは疲れる作業であった。もうしばらくの間、英語の試験は遠慮しておこう。
posted by としゆき at 20:53| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | お仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月06日

ドイツ代表ユニフォーム

もうずっと昔の様な気もする今年のサッカー、ワールドカップ。大会期間中にブルームバーグが毎週月水金にクイズを出題、正解者の中で一番早く回答した人に、好きな国の代表公式ユニフォームをプレゼントという企画が行われていた。

大体夕方4時頃に問題が送られてくるのだが、何せ忙しい時間帯、見逃していたり、気付いた時にはもう遅かったり、そもそも問題が難しくて手も足も出なかったりだった。ちなみに出題された問題を後で書いておくので、興味のある方は是非どうぞ…カルトQ並みの難しさ?

そんなこんなでワールドカップも試合日程をこなし、残念ながら我らがサムライブルーはグループリーグ敗退となり、前回優勝のスペインもいなくなりで、後はもう、ドイツとブラジルを応援しようと思っていた7月9日、早朝5時からドイツ対ブラジル戦、、ドイツの7対1と言う歴史的勝利をテレビ観戦し、たまたまフランクフルトから東京に出張して来ていたドイツ人の同僚と勝利を喜びつつ、その日の夕方、ふと目にしたブルームバーグからのメッセージに書かれていたのは、

『2002年W杯ファイナルのレフェリーが産まれた都市はどこ?』

という問題だった。

2002年と言えば日韓ワールドカップ、3試合を観戦し、横浜総合国際競技場での決勝戦も、必死になってネットで探したチケット片手に行きましたとも。思い起こせばこの時もドイツ対ブラジルで、日本でもテレビCMに出てたりした人気ゴール・キーパーのオリバー・カーンが、ブラジルのロナウドに2点を入れられたあの試合、笛を吹いていた主審と言えば…スキンヘッドで、これまた人気者になったコリーナ主審!

イタリア人てのは知ってたけれど、産まれた都市はどこだっけ…と、そこはGoogle先生のお手伝いを頂くと、ボローニャらしい。駄目もとで「ボローニャ」と一言、クイズに返信して仕事に戻っていたら、何と程なくブルームバーグから電話がかかってきた。曰く「APAC(=Asia Pacific、エイパック)で一番最初にご正解頂きました!」とのこと…。今見なおして見ると、16:02:51付になってる。結構遅くても一番になれるんだなぁ…と思いつつ、Google先生に頼って正解してしまった事を申し訳なく思うものの、まあ、それはそれとして、素直に喜ぶ。

そこで早速聞かれたのは、「どの国のユニフォームが良いですか?」。普通に考えたら日本代表だけれどもう負けちゃってるし、ここはやはり今朝買ったばかりのドイツかなぁ、と言う事で、ドイツを選択。もしかしてすぐ届けてもらえたら、決勝戦はユニフォームを着て応援出来ると思ったのだった。

ところが待てど暮らせどユニフォームは届かず、ワールドカップ自体は見事ドイツの4回目の優勝で幕を閉じたわけだが、クイズの事もユニフォームの事もすっかり忘れていた。先日たまたま思い出して問い合わせてみたところ、来週お届けです…と言う訳で、本日無事にユニフォームを受領。これだけ遅れたと言う事は、胸についている星の数(ワールドカップ優勝回数を表す)も4つに増えてるかなーと思ったが、そこは3つのままだった。残念。でも、ドイツの強さを思い出してワールドカップの余韻に浸る事が出来たのだった。

日本サッカー協会は、スペインをモデルに強化に乗り出すらしいが個人的にはドイツをお手本にした方がいいと思うんだけれどなぁ。日本サッカーの父、クラマーさんもドイツ人だしね。

クイズの問題
6/13:2010年の南アフリカW杯で、一度も「負けなかった」チームはどこ?
6/16:1970年のメキシコW杯で、W杯史上初めて導入されたものは何?
6/18:W杯本戦の歴史上、最も引き分けが多いチームはどこ?
6/20:1966年のイングランドW杯ではイングランドが優勝しました。では1966年以降に産まれた選手の中で最初にイングランド代表に選ばれた選手は誰?
6/23:ブラジルは2010年代にワールドカップと夏季五輪の両方を主催します。これと同様、10年の間に両方を主催した最初の国はどこでしょうか。
6/25:サッカーとクリケット両方のワールドカップに出場した事のある唯一の人物は誰でしょうか。
6/27:1986年から2002年の間に5つの異なる代表チームで監督をした人物がいます。この監督は、中国、米国、ナイジェリア、メキシコのほか、もう1つのチームを率いました。5番目に就任した国はどこでしょうか。
6/30:1958年、CONCACAF(北中米カリブ海サッカー連盟)に加盟する2つの国がW杯への初出場件をかけて争いました。どちらの国もこれまで一度もW杯への出場はありません。これら2つの国とは?
7/2:初めてW杯で2大会連続レッドカードを受けた選手は誰?
7/4:W杯決勝戦で初めてハットトリックを決めた選手は誰?
7/7:過去19回のW杯で、開催国が優勝した回数は?
7/9:2002年W杯ファイナルのレフェリーが産まれた都市はどこ?
7/11:2014年W杯を除く、1930年以来の全W杯トーナメントのゴール数合計は?

答えの前に…今回もらったドイツ代表のユニフォーム の写真はこちら。

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クイズの答
6/13:ニュージーランド
6/26:レッドカード、イエローカード、交代、カラー放送のいずれか
6/18:イタリア(21引き分け)
6/20:Tony Adams
6/23:スエーデン
6/25:Sir Viv Richards、Ellyse Perryのどちらか
6/27:コスタリカ
6/30:グアテマラとキュラソー
7/2:Rigobert Song
7/4:Geoff Hurst
7/7:6回
7/9:ボローニャ
7/11:2208ゴール
posted by としゆき at 21:16| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月28日

タヒチをあとに

ボラボラ5日目の夜は、最終日ということで、ビーチでのロマンティック・ディナーと洒落込む。先日、ホテルにやってきたときに、ビーチにテーブルとチェアが用意されていたのだが、それがこのロマンティック・ディナー。

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18時スタートと言うことで、最初はまだまだ明るいうちに始まるのだが、あっという間に日は暮れていく。

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随分とのんびり過ごしてきたけれど、それでもいろいろなアクティビティに参加したり、この日なんて急遽ヘリに乗ったりして、なんだかんだと楽しく過ごしているうちに、気が付いたらもう、最終夜を迎えてしまった。

こんな旅をする機会は、もうなかなかないだろうが、ボラボラ島に新婚旅行に来て本当に良かった。心身ともにリフレッシュして、新しい生活を始められる、そんな気にさせてくれる。

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翌朝は出発までの間、コテージ周辺を散策する。カートが迎えに来るはずが、待てど暮らせど来ないので電話で催促すると、またあの日本人スタッフと、しばしの間、英語で話す羽目になるのだった。

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この日はボラボラからパペーテに移動して、夕食、一泊と言う流れだったので、ボラボラ発を午前便にしていたのだが、飛行機の故障だとかでフライトが遅延。お詫びのドリンク券こそ配られたものの、何にもない空港で時間を持て余していると、僕たちよりも後の便の予定だった人たちが先に旅立っていく…。

延々待たされて、待ちくたびれたころにやっと出発。楽しい日々を過ごしたボラボラ島を後にパペーテへと向かう。

パペーテは、ボラボラに比べたらもちろん、思ったよりもそれなりに大きな街で、スーパーのカルフールがあるので、そこでお土産を物色して時間を潰す。夜はツアーで予約してあった、市内の人気レストラン、ル・ココスへ。ホテルから少し離れているのだが、車の送迎付きで助かる。

本当は、ルロットと言う小型トラックを改造した屋台が集まる一角へ行ってみたかったのだが、疲れてもいるし、足もないしで、今回は諦める。僕たちはパペーテに一泊するだけだが、ゴーギャン博物館等、見どころもそこそこあるようなので、ボラボラ島に新婚旅行を考えている人は、タヒチに泊まるのも手かも。

というか、ボラボラ島や周囲の離島だけに旅行客のお金が落ちてパペーテを素通りしないように、フライトのスケジュールが必ずパペーテに泊まらないといけないようにしてあるらしい。それでも、比較的都会のタヒチ島でも、ビーチや水上コテージはちゃんとあるので、タヒチ島だけで旅行を完結させることも可能かもしれない。

日曜日は朝早く、6時半のフライトで一路成田へ。一週間のボラボラ島新婚旅行が無事に終了したのだった。今回、久々にこの日記を書くために写真を見返したり、旅行中のメモを読み返していたら、また行きたくなってきたのだが…この次、南の島でリフレッシュできるのはいつになることやら。
posted by としゆき at 20:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ボラボラ紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月25日

ハートの島

さて、翌朝パラセーリングなのだが、一度ホテルを出てバイタペに移動するということで11時にボートを待っていた。天気もいいし、初めての体験、楽しみだ。

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…ところが、いつまで経ってもボートが出発せず。なんだろう…と思っていると、なんと、風が強すぎるのでパラセーリングは中止になったらしい!天気に文句を言っても仕方がないが、時間も時間で他のアクティビティをしようにも、やはりバイタペに移動する必要がある関係で今からでは間に合わないし、レセプションからアクティビティ担当デスクに電話して相談することに。

電話の先の人と、お互いにネイティブじゃない英語で(こちらの公用語はもちろんフランス語)必死に話していると、何かがおかしい。なんか変だ…と思っていたら、なんと電話の先は日本人だった。必死に訴えていたこちらが恥ずかしい。

それはさておき、やはり他のアクティビティは難しいということで、カウンター・オファーされたのがヘリコプター・ツアー。実はボラボラ島の近く、北に20キロ程離れたところにツパイ島と言う島があり、ハートの形をしているということで、新婚旅行客に人気らしい。ボラボラに来る前にガイド本で読んだりして知ってはいたのだが、時間も費用もかかるので申し込むかどうか迷っていたのだった。でも、不幸中の幸い、と言うか、事ここに至っては申し込むしかないだろう…と言うわけで、15時半からのヘリコプターを申し込む。

午前中にパラセーリングの予定がいきなり午後からになったので、今日は天気も良いし、ずっと部屋に戻らず、プールで泳いだり、島内を散策して歩いたりして過ごしていた。

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すると、カートに乗ったホテルのスタッフが僕らを見つけて大慌てで近寄ってくる。何事かと思っていると、病人を運ぶ都合のせいで、ヘリコプターの出発が30分早まったというのだ(ボラボラ島にはヘリコプターが一台しかない)。僕たちが部屋にいないので、ずっと探し回っていたという。そう言われた僕たちも大慌てなのだが、とりあえず準備だけして島のヘリポートへ向かう。そこはやはり珊瑚礁の外側、南太平洋の荒海そのものなのだった。

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ホテルにいると風が強いので中止ですと言われてもピンとこないが、こうして外海を見てみると納得できる気もする。

そうこうするうちに、ヘリコプターに乗っていざ上空へ。

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ボラボラ島が見る見るうちに眼下に小さくなって行き、

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目の前にツパイ島が見えてきた。

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このツパイ島、無人島で長らく立ち入り禁止だったのだが、今は一日一組だけ、この島で結婚式を挙げる事が許されているらしい。上空から眺めるだけでは飽き足りないと言う方は是非どうぞ。

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その後ボラボラ島に取って返して上空をしばし遊覧。やはり高いところから眺める景色はなかなかのものだ。

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島に戻って、島内を再度散策。島の裏側には島内で結婚式を挙げる必要のチャペルもちゃんと建っている。

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家族連れもいたりするボラボラ島だが、やはりメインのターゲットは新婚旅行なんだなーと実感出来た一日だった。
posted by としゆき at 23:07| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ボラボラ紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする