2013年04月01日

カイロ

エジプト'12-'13』、

ルクソール西岸』、

ルクソール東岸』、

アスワンへ』、

アブ・シンベル』、

アレキサンドリア』の続き。

アレキサンドリアからはバスでカイロに戻る。相変わらず市内は交通渋滞だ。こちらではオートバイはノーヘル、二人乗り当たり前。ライトバンみたいな車で乗り合いバスがあるが、何故かドアが開けっ放しだったり、後部のエンジンカバーが取り払われていてエンジンがむき出しになってたりする(空冷強化?)。

そんなこんなするうちに、今夜(翌日は夜便で帰国なのでエジプト最終夜)の最後のイベント、ナイル川ディナークルーズ。日本からのツアーには必ずと言っていいほど組み込まれており、クルーズ船の中は日本人観光客だらけ。僕たちの添乗員と以前どこか別のツアーで一緒だったというお客(今回は別会社のツアー利用)がいたり、世の中狭いものだと思わせる。アレキサンドリア日帰りの無理がたたったのか、カタコンベで興味深々だった女の子が体調を崩してしまったようで、親子3人クルーズを諦めて早めの帰宅。ちょっと可愛そうだけれど、翌朝は観光の目玉、ギザの3大ピラミッド見学が控えているから、そちらを優先した方がベターかも。

なんて思っていると船は静かに出港。ビュッフェで食事の提供とあいなるが、他社ツアー客がわっと食事に群がり、長蛇の行列。お上品な僕たちのグループは出遅れてしまいましたとさ。船内では歌手によるショー、スーフィーダンス、そしてベリーダンスが披露される。お約束として観客がステージに手招きされ、ノリノリで踊ってしまう人がいるのもご愛嬌。

Egypt_DinnerCruise1.jpg Egypt_DinnerCruise2.jpg

2時間程の船旅を終えてホテルまでの帰途につくが、途中、バスが細道に入ったら不法駐車で立ち往生。すると、エジプトではよくあることなのだが、その辺にいる関係ない人たちがわらわら飛び出してきて、その車を無理やり動かして道を空けようとする。そのうち持ち主がやってきたのだが、車に傷がついてるとかでちょっとした騒ぎになりかけるが、これまた野次馬(?)がバスの塗料と見比べて、僕たちのせいではないと説明、無罪放免で出発進行。知らない間に車をこすられてた持ち主は可愛そうだが、こんな狭い道の路肩に停めている方が悪いって事で。


翌朝はいよいよピラミッドへ。ちなみに最後に連泊したカイロのホテル(初日に泊まったところとは別)は、ピラミッド・ビューと言うことでお部屋の窓からも、ホテルのエントランスを出たところからも堂々たるピラミッドの姿が見える。

Egypt_PyramidFromWindow.jpg

まずは世界最大、言わずと知れたクフ王のピラミッドへ。内部に入って見学もするのだが、例によって中での写真撮影は禁止。添乗員にカメラを取り上げられて内部へと進む。玄室までの階段は結構ハード。しかも行きは良かったのだが、帰りは人一人分しか幅のない階段で、下から上ってくる集団をやり過ごすため待たされる。ただ。上りきった玄室は思ったより狭いから、そのうち人で溢れちゃうからいつまでも待つわけに行かず。陽気な外国人が待ちきれず、階段の手摺の外側をすーっと滑って降りていったりもしてた。
Egypt_InPyramid.jpg

クフ王のピラミッドから出て、バスで3大ピラミッドがまとめて見えるパノラマポイントへ移動。最大なのはクフ王だが、高台にあるため大きく目立つのがカフラー王、そして3つ目がメンカウラー王だ。近くで見上げるのも壮観だが、反対側から砂漠とピラミッドというイメージどおりの光景もなかなか。

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実はサッカラの屈折ピラミッドに行ったとき、現地ガイドのマックに止められていたにも関わらず、こっそりとラクダ業者のラクダに乗って記念撮影をしていた。5ドルで言いと言うから乗ったのに、案の定もっと寄越せとゴネる。もっと遠くへ連れて行ってやるぞとも言われたが、バスの時間もあるからと逃げて来たのだった。パノラマポイントでは、マック御用達の(?)ラクダ業者がいるのか、彼の管理下撮影したい人はどうぞ…と言うことで、改めて記念撮影。ポーズだけ決めて撮影したら、すぐ降ろされるという流れ作業だが、こちらは2ドルだし仕方ないか。そういう意味では、サッカラの5ドルはぼったくりだなぁ。

このパノラマポイントは割といろいろなツアーが利用する人気ポイントなのだが、さらにさらに、僕たちのツアーではもう一つのパノラマポイントへと移動する。少し砂漠の奥に入るので、時間の関係で訪れないツアーも多いようだが、こちらの方がピラミッドは見やすい・

Egypt_Panorama2.jpg

ピラミッドの後は、これまた定番のスフィンクス。実際、僕たちが知っているスフィンクスはカフラー王のピラミッドの付属品だ。

Egypt_Sphinx.jpg

午後はハン・ハリーリ市場へ。観光客でごった返すこの市場は、迷路のように細い通路が並び、所狭しと商品を並べたお店が並ぶ。客引きもすごいので、市場の入り口にあるカフェで休むガイドからあまり離れないようにひやかしで覗く程度。妻がツタンカーメンを象ったボールペンに興味を示したので、暇つぶしがてら商人と交渉。別に一つ一つの値段は僕たちの感覚からすると大した事ないのだが、そんな高い値段じゃ買う気はないよーと言うそぶりを見せるとあっという間に値下がりする。そういえばエジプト人は日本製のボールペンが大好きで、特に3色とか4色のボールペンがあるとお店でおまけしてくれたりと言う事で、事前に100円ショップで大量に仕入れて来ていたのだが、肝心要のこの市場に持ってくるのを忘れてしまう。もっとも、ボールペンを買うのに、別のボールペンが使えたかどうかはヨクワカラナイのだが…。

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この日は金曜日と言うこともあり、市場に隣接するモスクからは信者が大量に出入りして大混雑。ボールペン以外には特に欲しいものもないので、カフェでお茶をして過ごす。

その後、ちょっと時間があるということで、サダト大統領が暗殺された場所にある記念碑を訪れる。1981年10月6日、第4時中東戦争開戦記念日のこの日、戦勝記念パレードを閲兵していたサダトはその観覧台にて暗殺される。

Egypt_Sadat1.jpg Egypt_Sadat2.jpg

やはりエジプトということで記念碑もピラミッド型なのだった。

カイロの最後はお土産を物色しにショッピングセンターへ。実は妻がお土産にネフェルタリというお店の天然素材の石鹸等を欲しがっていたのだが、カイロ市内にあるお店はちょっと遠く残念ながら路面店には行けなかった。ところが、このショッピングセンターには、ネフェルタリが入っていると言うではないか。広いモール内を歩き回って探したそのお店は小さな露店程度の出品スペースだったが、なんとか無事にお土産ゲット。さらに中にあるスーパーは、いかにも海外のスーパーと言った感じで、大きな店舗、大きな棚に商品が所狭しと陳列されている。この頃になると、手持ちのエジプト・ポンドが手元不如意になっており、かといって今更手数料を払って両替するのもばからしいし…と言う事で(スーパーでは米ドルは仕えない)、シティバンクのATMからの現地通貨引出しは大変重宝した。エジプト・ポンドは余っても再両替できないし、紙幣も触るのをちょっとためらうくらい汚いし、使い切るに越した事はないのだ。

Egypt_ShoppingCenter.jpg Egypt_ShoppingCenter2.jpg

そんなこんなで長かったようで短かった年末年始のエジプト旅行も無事終了。旅行後にはまた政情不安が高まったり、ルクソールでは気球事故で日本人も亡くなったりしていたが(いろんな人に「年末エジプト行ってませんでした?気球乗ったんですか?」と聞かれた…)、やはり5000年の歴史の持つ「重み」を体験するには、現地で実際に見てみるのが壱番いい。早くエジプトの状況も落ち着いて、多くの日本人観光客が訪れ、現地にお金を落として上げられるようになるといいと思う次第。
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2013年03月03日

アレキサンドリア

エジプト'12-'13』、

ルクソール西岸』、

ルクソール東岸』、

アスワンへ』、

アブ・シンベル』の続き。

翌日は電車で地中海沿岸の街、アレキサンドリアへ日帰りの予定であった。カイロのラムセス中央駅を8時出発予定で、1時間前の7時頃にホテルを出発しようという事だったのだが、こちらに来てからの交通渋滞が余りにも酷いということで、さらに30分早く6時半には出発することに。案の定、道路は無数の車で埋まっており、クラクションは鳴りまくり、車線なんか無視されまくりで、ちっとも駅に到着しない。7時を回った頃には、この渋滞で大丈夫かなぁ…と少し不安になってきたが、そのうち高速道路左手にラムセス中央駅を見て通り過ぎたので、後は高速を降りてUターンし駅に向かうだけ

ところが、そこから先がさらなる大渋滞。じりじりとバスは進むものの、明らかにペースは落ちており、駅を通り過ぎてからの距離感とスピードから逆算すると、どうにも間に合いそうにない。現地ガイドのマックは、セキュリティやドライバーとアラビア語で何やら大騒ぎをしているが、添乗員は「このままだと間に合わないかもしれないですね〜」とのんびりしている。電車のチケットもあるから、簡単にリスケできるかどうかも分からないが、丸一日アレキサンドリアまで往復の予定だから、多少時間がずれても大丈夫だろう、ただ、時間がないからアレキサンドリア行きは中止です、とか言われたら辛いなぁ…等と考えていた。

時計も7時半を過ぎ、バスがぴくりとも動かなくなり、誰がどう考えてもアウトだと腹をくくり始めた頃、突然マックとセキュリティがバスを降りていく。反対車線はそれなりに車も流れていたのだが、その辺の車を適当に止めて何やらやっているな、と思ったら走って戻ってきたマックが突然「早く降りて!向こう側に渡って!」と叫ぶ。まさかのバス途中下車、道路ダッシュで横断、その辺で捕まえた車(観光バスでもなんでもない)にツアー客移乗という荒療治。添乗員も驚いていたが、怪我人でも出てたら一体どうなったことやら。僕たちのツアーは人数もそんなに多くないから良かったけれど、JTBとかHISとか阪急交通社とかの大集団だったらアウトだったろうな〜と思わせる。またこの捕まえた車が飛ばす、飛ばす。運転手もなかなか良い腕をしており、F1のように細かなブレーキングとハンドル捌きでどんどん駅に向かっていく。

と言うわけで、マックの機転というか、とっさのリスク管理(?)により、駅に着いたのが7時50分.。駅に着いたら着いたで露店の人ごみやら、車列やらを掻き分け構内へ。そこには何故か僕たちを待っていた駅の職員がいて、無事に電車まで案内してくれたのだった。後で聞くと交通事故があったとかで、いつもよりもずっと混んでいたらしい。とにもかくにも、事故もなく無事に間に合ってよかったが、今思い出すとちょっと怖い気もする。ちなみに渋滞はこんな感じ。

Egypt_TraficJam.jpg

向こう側に見える車列に捕まっていたバスを降りて、こちらへダッシュしてきたのだった。

さて、僕たちが乗ったのは一等車と聞いていたのだが、窓には「銃弾の跡か!?」と思わせるひびが入っていたりする。

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車体も結構汚れていて、綺麗な観光バスに慣れているとちょっと…という気もしなくもないが、座席自体は結構広くて快適(もっとも、トイレは怖くて行けなかったけれど…)。アレキサンドリアまで2時間半程、朝早かったのでうつらうつらしたらもう到着していた。

Egypt_Train2.jpg

アレキサンドリアはお菓子、靴、シャンデリア、が名産品(?)らしく、街中にもそれらのお店がたくさん並ぶ。また、エジプトの貿易の95%がアレキサンドリア港経由という、人口400万人以上の大都市だ。カイロ同様、渋滞が激しく、駅前の広場には露店が並んでちょっとしたマーケットが立っているが、観光バスが通るたびに何人か轢いてしまうんじゃないかと怖くなるくらいカオスな状態。市内には路面電車も走っており、古い日立製の車体が使われている。見た目余りにもボロボロで、日立製(というか日本製)をあんまり前面に押し出したくない状態なのだが…。ちなみにエジプトで人気の日本ブランドは車ならトヨタ、家電なら東芝らしい。

さて、無事に到着したので、気を取り直してアレキサンドリア市内観光。最初に訪れたのはポンペイの柱。ローマ皇帝、ディオクレティアヌス帝が建てた図書館の柱のうちの一本だと言われている。今では一本だけがぽつんと立っているが、当時は400本もの柱が立っていたという。

Egypt_Pompey.jpg

ポンペイの柱の近くにあるのが、エジプト最大級というコム・エル・シュカファのカタコンベ。大きな骨が展示(?)されており、びっくりしたのだが人骨には大きすぎる。聞くと馬の骨だと言う。日本語の達者な現地ガイドのマック曰く「どこの馬の骨だか分かりませんが…」。ところでツアーに参加していた親子3人連れがいたのだが、女の子はどこの観光地に行っても大人しく一歩下がって見学していたのだが、なぜだかこのカタコンベだけは最前線で食い入るように見学していた。人間、何に興味があるか分からない…。このカタコンベでもカメラ持ち込み禁止で、入り口で職員にカメラを没収される人もいた。こちらの観光地の職員は、仕事熱心なのかそうでないのか極端で、いい加減極まりないセキュリティチェック(空港にあるようなX線装置があちこちにあるが、動かしていなかったり、ビービーなっても無視したり)もあるかと思えば、僕のリュックに入っていた小型の三脚(長さ10センチ程)を目ざとく見つけて預けさせられたり、仕事のクォリティの差が大きいのだ。

そしてバスは一路地中海へと向かい、そこで目にするのはカイト・ベイ要塞。かつて世界七不思議の一つにも数えられたファロスの灯台跡地に、15世紀、マムルーク朝スルタン、カイト・ベイによって建てられた。ちなみにファロスの灯台は14世紀に(またもや)地震で倒壊したという。

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ところで歴史の好きな人なら、アレキサンドリアと聞けば図書館を思い出すだろうが、紀元前3世紀頃に完成した古代アレキサンドリア図書館は、火災で喪われてしまっている。その大図書館を現代に蘇らせようと地上地下11階建ての図書館が建設されている。今回は残念ながら訪れる事はできなかったが、プラネタリウム等も併設された、なかなか立派な施設らしい。

代わりといってはなんだが、アレキサンドリアの国立博物館を見学。地中海の海底から発掘された遺物が展示されており、なかなか面白い(以前、日本でも「海のエジプト展」が開催されている)。

Egypt_AlexandriaNationalMuseum.jpg

ところで、アレキサンドリアといえばクレオパトラ(7世)なのだが、彼女の墓はどこにあるのか不明らしい。マックはアレキサンドリアにあると思うが、発掘するには15メートルくらい掘らないといけないから、なかなか難しい…なんて事を言っていた。たしかにエジプトも都市部は大都会になっているし、そこに住む人々を動かして発掘するとか難しいのだろう。
posted by としゆき at 14:29| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エジプト紀行2012-13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月20日

アブ・シンベル

エジプト'12-'13』、

ルクソール西岸』、

ルクソール東岸』、

アスワンへ』の続き。

翌日は早朝からバスでアブシンベルへと向かう。ラムセス2世の建設したアブシンベル大神殿、そして彼の最愛の妻ネフェルタリに捧げた小神殿がそびえる。るるぶエジプトで吉村作治が面白い解説をしていたが、古代エジプトは南部に国境を接するヌビアとたびたび軍事的衝突を起こし、ヌビアにエジプトの威光を見せ付けるためにこの大神殿を建立したと言う。ところが、そんなに立派な建造物を作るほどの富があるのなら…と逆にヌビア側の侵攻意欲を強め、その300年後には古代エジプトはついにヌビア人に征服されることになる。

Egypt_AbuSimbelGreat.jpg Egypt_AbuSimbelSmall.jpg

今回のツアーのご他聞に漏れず、アブシンベルに到着してもガラガラ。ほとんど貸しきり状態で、さすがにここまで来るとかわいそうに思えてくる。神殿内部はガイド、撮影が禁止されているので、予め外で解説を聞いてから中に入るのは王家の谷と同様。彼が解説のネタ本にした「アブ・シンベル神殿」と言うガイド本、観光地に良く売っているような各国語でのガイド本なのだが、よくよく見ると…作者が、今回のツアーの現地ガイド、マグディ・ガマール(愛称はマック)となっているではないか。

Egypt_AbuSimbelGuide.jpg

そう、彼は観光ガイドを勤める傍ら、考古学博物館にも通う研究熱心な面もあり、こんな本まで書いてしまっていたのだ。日本(語?)を学んでいたのだが、成績優秀でご褒美として日本に2週間滞在する機会も与えられたと言う。そのとき食べたリンゴの美味しさが忘れられないらしい。ちなみに今は、エジプトの植物についての本を執筆中ということで、バスの車窓から見える草木の名前を次々上げていく。「知り合いのガイド連中に買ってもらえると思います」なんておちゃめな期待もしている。

ところで、この現地ガイドのマックだが、以前ガイド中に交通事故で半死半生の目に遭っている。

----------(引用開始)----------
JTB、エジプトでバス事故−10名けが、現地ガイド意識不明

2010年6月28日(月)  ジェイティービー(JTB)によると、エジプトで現地時間6月25日16時20分(日本時間同日22時20分)頃に、ルックJTBの参加者15名と添乗員1名、現地ガイド1名を乗せたバスが横転する事故が発生した。添乗員を含めて11名が負傷し、うち2名が骨折。また、エジプト人現地ガイドが意識不明の重体という。死亡者はいない。2名はカイロ市内の病院に運ばれ、その他はアスワンのホテルで待機している。現在、JTB社員が現地に向かう準備をしているところだ。

 ツアーは「ルックJTB大満喫8日間」で、25歳から69歳までの15名が参加。現地からの情報では、エジプトのアスワンからアブシンベルに向かう途中、片側1車線の道路を走行中に、対向車線から進入してきたバンを避けようとしたところ避けきれず、横転したという。
----------(引用終了)----------

この記事中の「エジプト人現地ガイド」と言うのがマックのことなのだ。と言うわけで初日からバスの中でのシートベルトについて口やかましく言われたのもむべなるかな。博識で愛嬌もあり、昨日のガラディナーのグッズを子供のお土産に大事に持ち帰り、後に書くようにいざと言うときのリスク管理もしっかり出来る優秀なガイド、今後は健康でいられますように。

さて、アブシンベル観光後はアスワンまでバスで戻り、昨日見られなかったアスワン・ハイダム観光。高さ111メートル、長さ3830メートル、ナイル川の氾濫防止や農業用水の他、エジプトの電力の2割を賄う一大発電拠点でもある。ダムによって作られた人造湖・ナセル湖は琵琶湖の7.5倍もの面積を持ち、ユネスコによってあわや水没の危機であったアブ・シンベル神殿を移築させる大工事が行われ、後の世界遺産の制定に繋がったと言うのは余りにも有名な話。

Egypt_AswanHighDam.jpg Egypt_AswanHighDam2.jpg

途中、道路のすぐそこまで砂漠が来ている場所で砂漠の砂を見てみる。本当に粒子の細かいさらさらとした砂で、日本へのお土産に是非どうぞ…と言われたのだが、何か変な病気でも持ち帰りそうだしやめておく。砂の上にはスカラベ(フンコロガシ)も歩いている事だし…。

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と言うわけでアスワン→アブシンベル→アスワンの長距離バス移動を終え、飛行機でカイロへ向かう。アスワン空港では飛行機は遅延するは、お土産屋は全部閉まってるはで、かろうじてカフェだけ開いていたので、人気の少ないロビーでiPadしながら過ごし、カイロに帰ったときにはもう随分と夜更けなのであった。
posted by としゆき at 22:19| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エジプト紀行2012-13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月18日

アスワンへ

エジプト'12-'13』、

ルクソール西岸』、

ルクソール東岸』の続き。

さて、新年明けて元日のこの日は、ルクソールを発ち、バスでアスワンへと向かう。途中、ホルス神殿、コムオンボ神殿を見学。

エジプトへのツアーではナイル川を豪華クルーズ船で行き来するものも人気があるようだ。この手のツアーだと、川沿いに林立する様々な遺跡を眺められて楽しいらしい。今回のツアーはバスが主体だけれども、ナイル川沿いのホルス・コムオンボ両神殿に立ち寄ることが出来た。前日に泊まったホテルの部屋からも、何隻ものクルーズ船がナイル川に停泊していたのが見えたものだ。

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さて、ホルス神殿はエドフの街にあり、エジプトの遺跡の中でも最も保存状態が良いとされる。年に一度、デンデラのハトホル神殿から、ハトホル女神(ホルス神の妻)を迎える儀式が行われたと言う。ハトホル神殿はなかなかの見所らしいのだが、今回は残念ながら訪れる事は出来ず。

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ホルス神殿はその名のとおりホルス神を祀っており、ホルス像があちこちに。その中にはエジプト一、美しいとされるホルス神の彫像も。

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ところで良く考えたら2013年の初詣は明治神宮でも平安神社でもなく、異国で異教の、それも古代の神にお参り(?)したことになる。とは言え、まあ難しいことは考えず観光に専念(実際、昨晩のガラディナーがあったものの、大晦日も元日もあんまり意識することはなかった)。

続いて訪れたのはコムオンボ神殿。これまで見て北神殿は中央に通路がある構造なのだが、この神殿は向かって左右に二本の通路がある二重構造。向かって左はハヤブサの神ハロエリス、そして右側はワニの神であるソベクを祀っている。

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この神殿には珍しい医療器具の壁画も描かれている。また神殿の儀式に参加して暇な待ち時間に描かれた落書きとか、ゲームの跡(三目並べみたいなものか)が残ってたりもする。

Egypt_KomOmbo2.jpg

さて、ホルス、コムオンボ両神殿を後にして、いよいよアスワン市内へ。アスワンはアスワンダムやアスワンハイダムで有名だが、思った以上に大都会であり、人口も20万人以上らしく、車も多くて道路も混んでいる。ちなみにイギリスの植民地だったにしては、左ハンドルの国だ。そしてアスワンの年間日照時間は世界でも有数らしく、カイロ等北部にいたときは寒かったのだが、さすがに南部に向かうに連れて暖かくなってきたのが実感される。

アスワン市内の名物はどのガイドブックにも載っている切りかけのオベリスク。製作途中でひびが入ったため、そのまま放棄されたものだと言う。

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カルナック神殿のハトシェプスト女王のオベリスクが、現存するものとしてはエジプト最大で29.56メートルなのに対し。この切りかけのオベリスクが仮に完成していれば、その長さは42メートル、一気に最大となるはずのものであった。残念。

「地球の歩き方」等、一部のガイドブックには、溝を掘ってそこに木製の楔を打ち込み、水をかけて膨らませて裂く…と言った制作方法が載っているが、現地ガイド曰くそれは大間違い。もっと柔らかい石灰岩であればその通りだが、この切りかけのオベリスクはもっと硬い玄武岩なので、同じく石で出来たハンバーを使って削っていったと言うことらしい。実際、切りかけのオベリスクの近くに、直径15〜20センチ程の丸い石の塊がいくつも落ちている。こういうものを使って切り出したのだろう。

Egypt_Aswan2.jpg

この日はアスワンのもう一つの名物、アスワンハイダムも見学する予定だったが、都合で翌日に。その翌日に訪れる予定のアブシンベル神殿を水没させかけたダムだけに、その方が大きさが実感出来て良いかも。

ここで一部のツアー客から要望があったということで香水屋さんに立ち寄る。こちらのお土産屋さんは、パピルス屋にしても絨毯屋にしても、なぜか日本語がうまく、最初にお茶で歓待し、手作りの実演をした後昇段に突入するというパターン。香水は始めは関心なかったのだが、お試しでかがせてくれた香りが思ったより良くて、お土産に何本か買ってしまった。えらく日本語の上手な店員さんが応対してくれたのだが、聞くところによると大学だかで日本語を学んだと言う。外国人が日本や日本語に興味を持って学んでくれるのは嬉しいことだが、そうした頭脳がこんな場末の(失礼!)お土産屋で埋もれてしまっているかと思うと、ちょっと物悲しくなってしまう。

夕刻は日が沈むまでの間を、帆船ファルーカに乗ってナイル川での夕涼み。宿泊するホテルもナイル川の中洲にあるので、そこまでの移動も兼ねているのだが、船頭による歌と楽器の披露があったかと思うと、おもむろにお土産を並べ始めて特売会開始。不恰好な木彫りの動物とかビーズ(?)のアクセサリーとか、手作り感満載で、いかにも観光地のお土産と言う感じ。あんまりこういうのを買ったりしないので、狭い船内で逃げ場もないし…と思っていたら、ツアーの他の参加者が予想外にも興味を示して大盛り上がりとなるのであった。

Egypt_Aswan3.jpg

夜はホテルからボートに乗ってヌビア料理のお店へ。他社のツアー客も来ていたのだが(後で聞くとどうもHISらしい)、何とその中に当日がお誕生日、つまり1月1日生まれが3人もいたようでビックリ。おまけに1月2日生まれまでいて、おめでたいツアーとなった模様。

ちなみにヌビアというのは、エジプト南部にあった国であり、現在でもヌビア地方の人々は、エジプト北部の人々とは違って、色黒で縮れた髪と言った身体的特徴を持つ。彼らはヌビア人であるという事を大変誇りに思っていると言う。
posted by としゆき at 21:45| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エジプト紀行2012-13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月17日

ルクソール東岸

エジプト'12-'13』、

ルクソール西岸』の続き。

昼食を挟んで午後はルクソール東岸観光。お昼のレストランもナイル川に面しており、そこからボートに乗って対岸へと向かう。初日のバス移動からそうなのだが、ツアーにはセキュリティが同行しないといけない規則らしく、どこの誰だか知らない謎のセキュリティがどやどやと乗り込んでくる。普通に銃を抱えているのが、安心できるのか逆に怖いのかよく分からない。ボートのエンジンが川の途中で止まってしまったときはビックリしたけれど、なんとか再起動していざ東岸へ。

まずはカルナック神殿へ。カルナック神殿は中心となるアメン神殿に加えて、南側のムート神殿、北側のメンチュ神殿からなる複合神殿であり、紀元前2千年頃から2千年に渡って増改築を繰り返された大規模神殿だ。羊の頭をしたスフィンクスの並ぶ参道に沿って神殿内へ。

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列柱室では巨大な柱が並ぶ。映画「ナイル殺人事件」(アガサ・クリスティ原作の小説は「ナイルに死す」)にも登場する。

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ハトシェプスト女王のオベリスクが立っているが、彼女と仲の悪かった息子のトトメス3世によって、もうちょっとで破壊されてしまいそうだったところ、周囲の必死の説得により、壁で囲んで見えなくしてしまうことで落ち着く。皮肉にもそのお陰で今日でも立派なオベリスクを見ることが出来る。確かに良く見ると、壁で囲まれていた高さを境にして、上下で日焼けの仕方(?)が異なっており、そここまで覆われていたのだなぁと言うことが分かる。

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そしてこの神殿にはスカラベ(フンコロガシ)の石像があり、その周りを7周すると幸福になれるという言い伝えがある。この神殿を訪れた人にとってのマストなのだが、えぇ、えぇ、当然廻りましたとも。

Egypt_Karnak4.jpg

余談だが、このカルナック神殿で調子に乗って写真を撮りまくっていたら、なんとデジカメの電池が切れてしまうというハプニングが!最近のデジカメは電池の持ちがいいはず…と予備の電池を持っていなかったので、泣く泣く何世代も前の古い予備カメラを引っ張り出す。ここだけ画質が悪くなってしまう…皆さん旅行に行くときは、予備の電池とメモリーカードは忘れないようにしましょう。

そして、ルクソール神殿のライトアップへ。ルクソール神殿はアメン神殿の付属神殿であった。カルナック神殿に残るスフィンクス参道は、ここまで延びて結ばれていたと言う。

ライトアップ自体は決して派手なものではないが、暗闇の中にぼんやりと浮かぶ壁画などは幻想的な雰囲気。派手派手しいギザのピラミッドの音と光のショーよりは好感が持てる。もっとも、いくらライトアップされてるとはいえ、上ばかり見て歩いていると足元がおぼつかなく、躓いてしまうのでご用心。

Egypt_LuxorTemple.jpg

その後ホテルに戻る。この日は大晦日なので、夕食はホテルが開催するガラディナー。事前に添乗員から連絡があった際、それなりの服装を…なんて言われていた。ガラディナーなんて経験なかったからどんなものか分からなかったが、とりあえず襟がついてて、スニーカーじゃなくて、何ならジャケットもあればいいだろうという程度で準備。ツアー初日からの強行軍もあって妻が若干体調を崩したので、やや遅れて19時開始を22時くらいにディナー会場に向かうも、意外とみんなカジュアルな服装で、変に浮かなくて良かった。ディナーは様々な歌やダンスも企画されており、僕たちが到着したときはちょうど、ベリーダンスが始まるところだった。

ビュッフェで配膳をしてくれるホテルのスタッフも、僕じゃなくてダンサーの方に視線集中で、心ここにあらず。早めに部屋に帰って寝たのだが、日付代わり年も改まる深夜0時頃には、ナイル川に停泊しているクルーズ船から(?)お祝いの汽笛だの、花火の音だのが聞こえてくる中、2013年を迎えるべく眠りに付いたのだった。
posted by としゆき at 15:59| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | エジプト紀行2012-13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月07日

ルクソール西岸

エジプト'12-'13』の続き。

翌日はエジプトで迎える大晦日。ルクソールまで空路移動なので、空港で食べる朝食用のお弁当をピックアップして、眠い目をこすりながらホテルを朝4時に出発。ルクソールは古代エジプトのテーベがあった場所で、市内を流れるナイル川西岸に王家の谷、東岸に世界遺産のルクソール神殿やカルナック神殿を擁し、エジプト観光の目玉の一つだ。

「地球の歩き方」等によると、ルクソールでは気球に乗ってこれら世界遺産を一望するツアーが人気だそうだが、僕らはこんな早朝出発であるものの気球には乗れず。最初にメムノンの巨像を見学に行ったのだが、その途中でも準備中の気球、浮いている気球がほんとうに沢山。確かにこれだけ世界遺産だらけの街を上から眺めるのは爽快だろうなーと思わせる。

Egypt_LuxorBaloon.jpg

メムノンの巨像は、アメンホテプ3世の像だったのだが、地震(また地震!)でひびが入り、夜明けに音がするようになった。そのため古代ギリシャの伝説に登場するメムノンにちなんでこう呼ばれるようになったと言う(メムノンの母親は曙の女神エオス)。 ちなみにこの巨像は野外にあって、自由に見学出来る。バスの駐車場周りには当然お土産屋さんが屯しており、バスが止まる前から子供たちの積極的な営業活動が展開されるわけだが、現地ガイドの厳しいお達しにより「絶対にお土産は買うな」と厳命される。おかげで巨像の足元に行くことは叶わず、やや遠目から写真だけ撮影。

Egypt_Memnon.jpg

続いてハトシェプスト女王葬祭殿。『エジプト'12-'13』でも書いたが、今回のツアーは日程変更でエジプト考古学博物館に先に行っており、いろいろな人物の像なんかを見ながら事前に説明を受けていた。日本からの観光客はツタンカーメンの黄金マスクを目当てに午前に集中するということだが、僕らは午後でガラガラ、そのときも現地ガイドは「今回はラッキーですね」なんて言っていたが、ハトシェプスト女王葬祭殿もガラガラ。「大晦日なのに信じられな〜い」とバレンタイン監督ばりの驚きを見せていた。本当に人もまばらで、本当はいけないんだろうけれど、見張り役の職員に一言二言アラビア語で了解を取って、壁画前の仕切りロープを乗り越えて説明してくれたりしていた。しかしハイシーズンにこんなことになるとは、カイロ市内なんかで革命騒ぎに熱中していた連中じゃなくて、ルクソールで観光業で食べてる人なんかは大迷惑なんではないだろうか。

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続いてルクソール西岸の目玉、あのツタンカーメンのミイラも眠る王家の谷。ここのチケットは公開されている中から3箇所のお墓を見学出来る(エジプトにしては意外にも?結構厳密にモギリをしている)。ちなみにツタンカーメンのお墓は別料金。現地ガイドのオススメに従い、僕たちはラムセス3世、メルエンプタハ、ラムセス9世のお墓を見学。

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見学前の待ち時間の間に、内部の壁画の説明を受けていたので実際に見ても感動一入。やはり予備知識も何もないままふらっと見るよりも、多少なりとも予習していくと理解も感動も深まると言うことで。たとえば、ヒヒが日の出で両手を挙げて喜んでいる様子を、古代エジプト人は太陽を拝んでいると解釈し、壁画でも太陽神ラーと共に描かれている、とか、言われてみれば確かにヒヒが沢山書いてある。

なお、「地球の歩き方」なんかではラムセス6世のお墓が別格ですばらしいという評判で、出来れば見てみたい…と思っていたのだが、なんとこのラムセス6世のお墓も別料金(ツタンカーメンが100ポンド、ラムセス6世はその半額)。

そして、いよいよツタンカーメンの墓、KV62(KVはthe Valley of the Kings=王家の谷の意味。Kings' Valleyと言うべきか?)。こちらは文字通り僕たちのグループだけの貸切見学。通常は混雑を防ぐためにガイドは中には入れない(中でガイドをしてはいけない)のだが、現地ガイドも大手を振っていざ内部へと進む。貸切なんだけれど、監視役みたいな人も着いて来て、当然ながら内部撮影は禁止。でも懐中電灯で照らして詳しく説明したりはOKみたい。

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ちなみに王家の谷は写真撮影禁止。じゃあここに載ってる写真は何なんだというと、現地ガイド公認の(?)お土産屋から、ツタンカーメンのお墓の内部を含む22枚の写真で1000円ということで購入してみたのだが、おまけとしてCD-ROMが付いてきた。このCDには「何百枚もの写真が入っている、かもしれない、が、あくまでおまけなので見られなくても文句は受けつけません」…というもの。家に帰って見てみると、確かにこれでもか、と言うほどの写真が入っている。微妙にドイツ語の解説が入ってたりするから、どこか別の資料から無断でコピーしてきたのかもしれないが…。上のツタンカーメンの石棺なんて、明らかに下に降りて撮影してるから普通の観光客じゃ絶対撮れないアングルだし。

ところで、たまたま帰国して先日CNNを見ていたら、観光客の呼気で壁画が傷んでいると言うニュースをやっていた。ここもそのうち修復に入って観光中止になってしまったりするんだろうか。そうしたら、ただでさえ観光客が減っているエジプトなのに大丈夫だろうかと心配にもなってくる。
posted by としゆき at 22:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | エジプト紀行2012-13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月14日

エジプト'12-'13

昨年末から年をまたいで、エジプト旅行に行ってきた。28日に仕事納めで、フライトは29日の夜便だったので、土曜日に少し早めの年越し蕎麦を頂き、高速で成田に向かう。(僕たちもそうだが)暦の関係でこの日は出国ラッシュを予想、かなり早めに出発したのだが、意外にも道はすいていて思いっきり早く着いてしまった。早すぎてチェックインカウンターがまだ空いておらず、空港内でうろうろしてたら財布を落としてしまって顔面蒼白となったりしたが、幸い出てきたのでほっと一安心。エジプトへはエジプト航空直行便だが、機内持ち込み荷物に付けてくれる紙製のタグの接着力が弱すぎてすぐ取れてしまう。エジプトへ向かう日本人でフライトは満席状態だったが、空港内のあちこちでタグが床に落ちていた。エジプト航空大丈夫か…と思ったが、機体自体は思ったよりと快適で一安心。

初日(旅程の2日目)は現地時間の4時前とかに到着し、そのまま休むことなくフル活動なので、行きのフライトはひたすら寝ていく。エジプト航空は機内でアルコールが出ないから、これからこの便でエジプトに行く人で、ナイトキャップが必要な向きはご注意を。

また、エジプトというと暑いイメージだが、冬シーズンは、東京とあんまり変わらない厚着が必要。実際、現地の人も革ジャンとか着てたりする。ツアーでは深夜早朝に移動を始めたりするが、砂漠が近くて朝晩は結構冷え込むのだ。到着時点も10度くらいだった。空港からホテルに移動し、部屋には入れないという予定だったのだが、政情不安で観光客が減っているせいもあるのか、急遽部屋で小休止が取れることに。シャワーを浴びて着替え、機内のおやつでゲットしたおにぎりで軽くお腹を満たし、現地ガイドと合流して7時過ぎにいざ出発。まずはカイロ郊外の、 サッカラ、ダハシュール、メンフィスへと向かう。

古代エジプトの首都、メンフィスのネクロポリス(死者の街)であったサッカラには、世界最古のピラミッドであるジェセル王の階段ピラミッドが存在する。元々、長方形(直方体と言うべきか)の墳墓(マスタバ墳)が用いられていたのだが、彼は宰相であり建築家でもあったイムホテプと共に、このマスタバ墳を階段状に積み重ねた石造りの階段状ピラミッドを建築する。

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ちなみに古代エジプトは大体、古王国時代→中王国時代→新王国時代→グレコ・ローマン時代と展開し、その後イスラム時代を経て近代、現代へと至るわけだが、我々が今日目にするようなピラミッドが多く作られたのは古王国時代だ。ジェセル王は古王国時代第3王朝の王。

カイロ市のお隣、ギザ市には有名なクフ王のピラミッドがあるが、そのクフ王の父であるスネフェル王(第4王朝)は、この階段状ピラミッドを発展させ、ダハシュールの地でいわゆるピラミッド型の四角錐を目指すのだが、最初に作られた物は傾斜が急すぎて途中から角度が緩やかに変えられたという(屈折ピラミッド)。近くで見ると、ゴツゴツしたブロック状の石の上に、化粧岩が表面を覆っており、建築当時はさぞ美しかったろうと思わせる。

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しかし、この屈折形状に満足できなかった スネフェル王は、屈折ピラミッドの教訓から、最初から緩やかな(とはいえ43度22分もあるが)傾斜のピラミッドを作成、これが現在の赤のピラミッド。四角錐の形をした真性ピラミッドとしては最も古いもので、近くで見ても実に立派な形状、威風堂々たるものだ。何も知らずに「これが有名なクフ王のピラミッドですよ」と言われても、全く気付かないかも。

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そしてこの後のピラミッド建築史は、クフ王・カフラー王・メンカウラー王のギザ三大ピラミッドへと続くのだが、旅程の関係でそちらは最終日のお楽しみ。

さて、古代エジプト最初の首都であるメンフィスでの見所はアラバスター(雪花石膏)製のスフィンクスと、ラムセス2世像。地震で倒れたきり、そのまま寝姿となって展示されている。エジプトの遺跡の話を聞いていると、結構大地震で倒れただの崩れただのと言う話が出てくる。あんまりあの辺りは地震が多いイメージではないし、日干し煉瓦や焼き煉瓦を積んだだけの家がごろごろしているし、今地震があったら大きな被害が出るだろう。もっとも、5000年もの歴史もあれば、それなりに地震もあるということかもしれないが…。

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ところで、バスの中で現地ガイドから何度も注意されたのだが、ムバラク政権崩壊に至った「革命」後の政情不安で、海外からの観光客が激減しているという。実際、僕たちの参加したエジプトツアーも久々に催行されたらしい(というわけで、結構ベテランのガイドが割り当てられてたり)。また市民との衝突もあって、警察権力が以前より権威不足になっていること、少ない観光客を取り合ってお土産業者等とのトラブルも絶えないこと、などから、絶対にその辺のお土産屋から買おうとするなと警告される。

このツアーも、本来はこの日の午後は三大ピラミッド見学で、最終日(金曜日)午後がエジプト考古学博物館だったのだが、金曜日はイスラム教の休日であり、博物館周辺ではデモが行われたりしていた事から、念のために日程を入れ替えたのだ。実際、考古学博物館に隣接する建物は放火によって壁面が黒焦げになっていたりして、デモの激しさを物語る。博物館自体も略奪にあったと言うし、ツアーに参加してる限りでは具体的なトラブルには遭わなかったが、一時期は相当緊迫した場面もあった様子だ。

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エジプト考古学博物館の目玉と言えばもちろんツタンカーメンの黄金のマスクを始めとする豪華な副葬品。そして別料金のミイラ室には、ラムセス2世や、2007年に同定されて話題となった(『エジプトの女王』参照)ハトシェプスト女王のミイラが並ぶ。残念ながら館内撮影禁止なのだが、激減した観光客のため、館内は人もまばら。ツタンカーメンの部屋なんて僕達だけのほぼ貸切状態で、十二分に堪能することが出来たのだった。

ちなみに国際協力機構(JICA)のサポートで、ギザ地区に新しく大エジプト博物館の建設が進んでいる(2015年夏完成予定)。ツタンカーメンのマスクなどもこちらに移される予定だが、現地ガイドはせっかく考古学博物館にまとまっている展示物がバラバラになってしまうと嘆いていた。

さて、夜便、機内泊、一日中移動・観光とハードに過ごしたこの日の締めくくりは、三大ピラミッドでの音と光のショー。エジプトでは各遺跡で、ライトアップやナレーション、音楽による「音と光のショー」が催されるのが定番。ツアーの予定には入っていなかったのだが、折角だからと現地ガイドに頼んでアレンジしてもらう。夕食後、一度ホテルに戻って現地アシスタントとタクシーで向かう計画だったが、余りにもひどい渋滞(3車線に4列、5列の車が並び、クラクションが鳴り止まない)のため、ピラミッド近くのレストランで夕食を取った後、そのまま向かうことに。

店を出て、アシスタントに手を取られて、反対車線に道路を歩いて渡るところから試練なのだが、タクシーに乗って会場に向かっていると、床の高い観光用大型バスでは分からない大渋滞の恐怖が。どうして隣の車と接触事故を起こさないのか不思議な程幅寄せされ、少しでも隙間を見つけたらどんどん車体をねじ込んでくる。そんな中を歩行者が道を横断しまくるという、まさにカオス。ツアー前に添乗員に相談したときは「個人での移動はあまりオススメしない」と言う事で渋られたのだが、いざとなればタクシーでも何でも飛ばせば大丈夫だろうと思っていたのが甘かった。正直、アシスタントの同行がなかったら諦めていただろう。

ショー自体はさほど取り立てて言うほどの事はないが、個人的には下手にストーリーを語ったり、音楽を入れたりするよりは、淡々とライトアップでもしていた方がいいんじゃないのかなぁ、と思った次第。ネットで見てても音と光のショーは今一という声も多いようだが、うーん、まあ、それは何事も体験って事で。

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posted by としゆき at 17:42| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | エジプト紀行2012-13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする