金曜日には会社から直接東京駅に向かい、成田エクスプレスへ。エールフランスのスター・ウイングはさすが最終便、成田空港は人も少なく、店もかなり閉まっている。第1ターミナルの三井住友銀行窓口でユーロへと両替。ドル円のみ再両替(ドル→円)が表示されていたが、そのビッド・オファーは現金で102.09 - 107.79、トラベラーズ・チェックで103.87 - 106.09。ドル円では(特にトラベラーズ・チェックだと)思ったよりタイトな相場だ。ちなみにこのとき、手元にあったブラックベリー端末でミッドを見てみたら105.048だった。一方、ユーロ円はビッドが表示されていないのでなんとも言えないが、現金のオファーが149.09、トラベラーズ・チェックでは146.09だった。ブラックベリーによればミッドは145.568。去年、ロンドンに行ったときに両替したポンドは10円以上抜かれたから、それに比べればずっとましだ。やっぱり円→外貨の両替は東京でして行った方が良さそうだ。
機内では、現地早朝着になるから…となるだけ寝るようにしたのだが、酔っ払い(?)の乗客が騒いでいて、乗務員に夜中怒鳴られていた。その怒鳴り声で目が覚めてしまったりする。そんなこんなでパリ、シャルル・ド・ゴール空港に到着。現在、現地時間土曜朝4時過ぎ。来るときの成田同様、今度は朝早すぎてインフォメーション・デスクすら閉まっている。エールフランスの運行するバスが市内中心部まで走っているので、待合室でボーっとしながら5時45分まで時間を潰す。とは言っても、着陸してからのタクシーやら何やらで入国審査が終わったのは5時くらいだから、小一時間程度の待ち時間だ。
バスは50分程で凱旋門に到着。まだ夜明け前のパリの闇夜に浮かび上がる凱旋門のライトアップされた姿はさすがに美しいもので、実際にパリにやって来たのだなぁと改めて実感。
今回は日帰り(パリにゼロ泊)ではあったが、一応前日から2泊、ホテルを押さえてあった。凱旋門のエールフランスバス乗り場からも歩いて数分。荷物も置いておけるし、帰る前にシャワーを浴びたりも出来るということでこれは大正解だった。部屋のベランダからも凱旋門が見られてなかなかおしゃれ。ところで、一口に凱旋門と言ってもパリ市内には5つもあると言う。もちろん、ここでの凱旋門はシャルル・ド・ゴール広場に立つ一番有名な凱旋門だ。
部屋でシャワーを浴びてもまだ7時。美術館や観光名所も9時過ぎにならないと開かないので、それまで色々歩いてみようととりあえず出かける事にする。パリの名所、凱旋門やエッフェル塔は夜遅くまで開いているし、ホテルや空港までのバス乗り場も近いから後回し(これが後で裏目に出るのだが)。まずは地下鉄メトロ1号線に乗って東へ一直線、バスティーユ駅へ。1789年7月14日に武器を持った民衆が襲ったバスティーユ監獄のあった場所だ。バスティーユ広場横には、オペラ・バスティーユが立つ。よく「オペラ座」という言われ方をするが、パリには1989年建設のオペラ・バスティーユと、1875年建設のオペラ・ガルニエの2つがある。現在ではオペラは主にバスティーユで上演され、ガルニエではもっぱらバレエが上演されているらしい。オペラ・バスティーユは随分とモダンな概観で、古い街並みと現代的な建物が混在するパリらしいといえばパリらしい。
ここから、西へ取って返して今度はパッシー駅へ。駅を出てセーヌ河にかかるビル・アケム橋に達すると、突然目の前にエッフェル塔の姿が現れてびっくり。この後も何度も目にするが、エッフェル塔はパリ市内の至るところから見ることが出来る。
橋の途中から、セーヌ河中に浮かぶ人口堤防に降りていく。ビル・アケム橋からグルネル橋へと至るこの中州は、別名「白鳥の散歩道」と呼ばれ、朝から犬の散歩やジョギングをする人々で賑わう。
さらに、このグルネル橋側の先には自由の女神が立っている。ニューヨークにある自由の女神は、アメリカ独立100周年を記念してフランスから贈られたものだが、この自由の女神はフランス革命100周年記念に、お返しとして贈られたものだ。あの「アメリカ横断ウルトラクイズ」第7回第1問は、『自由の女神のお返しにアメリカの人々もフランスに自由の女神を送った。』であった(正解は○)。
ところで、パリにはもう一つの自由の女神像がリュクサンブール公園にある。アメリカに贈られた像の原型となったものだが、今回は残念ながら見学できず。ここまで来たら朝8時半頃。ルーヴル美術館が9時から開くからそろそろ移動することにしよう。
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