2008年09月07日

選挙のパラドクス

選挙のパラドクス」を読んだ。著者のウィリアム・パウンドストーンはジョン・フォン・ノイマンを描いた「囚人のジレンマ」でも知られる。

3人以上の候補者から当選者を決める選挙では、意外な結果につながる場合がある。日本の選挙でも用いられている「相対多数投票」では、候補者の中から一人の名前を選んで投票する。最もシンプルでオーソドックスなこの方法で、よく問題になるのは票割れだ。たとえば自民党が候補者調整に失敗して、保守系候補が乱立した場合、野党候補者が勝ってしまう場合がある。たとえ負けた保守系二人の票数合計が、勝者を上回っていたとしても。あるいは、次回衆院選で共産党は独自候補者を絞り込むと言う。これによって、反自民票が民主党候補に流れた場合、今まで票割れによって負けていた野党候補が逆転勝利をおさめる可能性が高まる。アメリカでは、2大政党である共和党、民主党が、この票割れを誘発すべく、相手方と近しい泡沫候補(スポイラー)に金銭支援を与える事まであると言う。

スポイラーに邪魔される事なく、「民意」を最も反映する選挙方法は何だろうか?この問題意識の下に、本書は様々な選挙方法を取り上げていく。まずは、映画のアカデミー賞や、メジャーリーグのMVP選出に用いられる「ボルタ式得点法」。そこでは、複数候補に対して、有権者がランク付けを行う。そして、投じられた順位を合計して、もっとも数字の小さかった候補が当選となる。スポイラーがいたとしても、メジャーな候補の順位を上にする人が殆どだろうから、実質的な順位には影響を与えない。あるいは、同じくランク付け投票を行い、考えられる全ての1対1勝負を行って、全員に勝った候補を当選させる「コンドルセ投票」。真の勝者は誰よりも強いはず…という直感にも当てはまる。

ところが、この2つの方法も完璧ではない。まず、コンドルセ投票では「コンドルセ循環」が起こりうる。グー、チョキ、パーの3候補が出た選挙で、ちょうど3分の1の人がグーを1位に(そしてチョキを2位、パーを3位)、また3分の1がチョキを1位に、残り3分の1がパーを1位にしたとしよう。グーとチョキの対決ではグーが勝ち、チョキとパーの対決ではチョキが勝つ。ではグーが当選か?いやいや、パーとグーの対決ではパーが勝ってしまう。確率的には低いとしても、コンドルセ投票では原理的に勝者が決まらない場合が出てくるのだ。

問題があるのはボルタ式も同じ。最も問題となるのは、自分のお気に入りの候補を勝たせようと戦略的に操作が行われる事だ。甲乙付けがたい有力2候補が争っているとする。そのまま投票が行われれば、一方が1位、他方が2位となるだろう。ところが、どちらかを勝たせたいと思う有権者は、ライバル候補をわざと最下位に置く戦略を立てる。他の有権者がそうした戦略を立てずに投票すれば、本来近しい得点で上位を占めるはずの2候補に大差が付いて、結果は歪められたものとなるだろう。

さらに言うと、ある投票結果に対して、ボルタ式とコンドルセ投票で、勝者が異なるケースを考える事もできる。どちらかを優先する原理がない以上、どちらも完璧ではありえないのだ。

ではどうすればよいか?一人だけを選ぶのではなく、複数の候補に投票出来る「是認投票」ではどうか?似た候補者のどちらをも支持する有権者は、その両方に投票すればよいから、スポイラーには影響されない。この方法もまた問題を抱える。極端な例として、有権者1万人中9999人から好かれるA候補がおり、この人たちはBは凡庸、Cは最悪だと考える。ところが、残り1人の有権者は逆にCを好み、Aを嫌い、やはりBは凡庸だと思っているとしよう。相対多数投票でも、ボルタ式でもコンドルセ投票でもAは勝者だ。だが、9999人がお好みのAに加えて、まあまあのBも是認し、そして変人の有権者がBとCを是認した場合、満場一致でBが当選してしまう。場合によっては、ロス・ペローがアメリカ大統領になっていたかもしれない!

さて、ランク付け投票の変形として、「即時決選投票」システムがある。有権者はやはり全候補者にランク付けを行う。最初の投票で過半数を獲得した候補がいれば当選。いない場合、最下位候補を1位に選んだ有権者の票は、それぞれ2位に選んだ候補の票としてい再分配される。ここで過半数が出ればやはり終わり。出なければ再び最下位候補の票を次の順位の候補者に再分配…と繰り返されていく。この方法だと、トップ2人の候補を1位に選んだ票は最後まで再分配されないから、ボルタ式の時に見られた「操作」方法は通用しない。この方法もやはりスポイラー対策となる。だが、スポイラーが実際に有力候補であった場合(それはもはやスポイラーとは呼べないかもしれないが)、この方法は機能しない事がある。端的に言うと、ある候補をより上位にした結果、それが候補者に不利に働く事があると言うのだ。

リベラル、超保守、穏健派の3候補がいて、この順番でランク付けが行われたとしよう。即時決戦投票のルールにより、第3位の穏健派候補は失格となり、彼を1位に選んだ票はリベラルか超保守の2人に再分配される。穏健派を選んだ有権者の多くは、超保守よりもリベラル候補を好んでいたとすると、当選するのはこのリベラル候補だ。さて、リベラル候補が、自分の当選可能性を高めようと、超保守候補の支持者を切り崩そうとしたとする。そして、最初の投票結果がリベラル、穏健派、超保守となったとしよう。今度は超保守候補が失格し、超保守候補支持者はリベラルよりも、穏健派を好む(ありえる話だ)とすれば、決選投票では穏健派が勝ってしまう。おや?リベラル候補は獲得票を増やしており、また、投票直前に考えを変えて超保守でなくリベラルに鞍替えした投票者の意に反し、リベラル候補は落選してしまうのだ。これこそが「即時決選投票」の持つ「勝敗逆転パラドクス」だ。

ではもっと良い方法はないのだろうか?著者によれば、現状考えられるベストな方法は「範囲投票」だという。全候補者をランク付けするだけでもなく、得点を割り振るのだ。たとえば1点から10点を与える事にして、10人の候補者に10通りの点数をつければそれはランク付け投票であるし、お気に入りに10点、気に入らない候補に0点をつければ、それは是認投票だ。有権者の「本当の」効用を計算するコンピュータ・シミュレーションによれば、現在のところ、この範囲投票が最善とされている(範囲投票を上回るのは、有権者の効用をあらかじめ知っている「神の目」で結果を決める「魔法の」システムだけであった)。この方法はamazon.com等でも採用されている。他の投票制度の抱える問題点を、範囲投票は避ける事が出来る(ロス・ペローは大統領には選ばれないのだ)。

ところが、アメリカで現在、広く採用されつつある投票方法は「即時決選投票」だ。何故か?即時決選投票の最大の欠点は、上で述べた「非単調性」、つまり、ある候補を上位に入れた事により、それが候補者自身に不利に働くというパラドクスだ。2大有力候補が争う多くの選挙では、このことは問題とならない。非単調性が問題になるのは、ある程度有力な第3候補が現れた場合。二大政党制の下では、このことは想定されていない。範囲投票では、たとえ51%の支持を集めたとしても、52%の支持を集めた候補がいれば敗れてしまう。このことが、出来るだけ最小の努力で、当選を確実にしたいと思っている既存の政治家の気に食わないのだという。

確かに即時決選投票は2大政党制では問題なく機能する。だが、だからこそ、2大政党制でない「可能性」の芽を摘んでいるのではないか?敵か味方か式の決選投票ではなく、より広範囲の支持を集める穏健派(中道派)第3党は、範囲投票であれば勝利しうるし、それが「民意」に適った事なのかもしれない。だが、2大政党制下では、それを前提とした選挙制度が生まれ、それを前提とした有権者行動が行われる。少なくとも、コンピュータ・シミュレーションでは範囲投票が即時決選投票に劣後することはない。著者は、どこかで、範囲投票を採用するコミュニティが誕生する事を、そしてその結果がどうなるか観察する事を期待している。

余談だが、本書で「即時決戦投票」を支持する最も影響力のある3人として上げられているのが、ハワード・ディーン、ジョン・マケイン、そしてバラク・オバマだ。後者二人はもちろん、今回の大統領選挙で対決する候補者だ。つくづくアメリカは2大政党制の国なのだろう。彼らが、ブッシュ政権のカール・ローブ顧問が唱えたように、「過半数プラス1票」の支持さえ得られれば残りの有権者にはどんなに嫌われても構わない…等と考えないことを希望したい。
posted by としゆき at 17:39| 東京 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント



私もこの本について感想を書きました。
ご意見を頂けると幸いです。

選挙制度に関する本を読んで
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/seiji200601/view/201108

スミス氏のシミュレーションに異議あり
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/seiji200601/view/20110911/1315705330

即時決選投票の問題点(パラドックス)について
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/seiji200601/view/20130103/1357199112



Posted by 誠司 at 2013年01月03日 16:54
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