2014年12月31日

育児奮闘

13日の夜遅くになって僕は一旦帰宅。日付変わって14日の日曜日、いきなり赤ちゃんが病室に届けられたらしい。土曜未明の誕生だから、誕生2日目、もうどんどん赤ちゃんが泣いたら新生児室に預けていても届けられるし、原則母子同室になる。その後も1時に届けられたり(くしゃみをしていて、かわいかったらしいが)、夜通し妻はほとんど寝られず、途方に暮れていたという。翌朝になって僕が病院に来ると、またまた赤ちゃんが届けられる。午後になって僕の家族が田舎からやってきて、赤ちゃんとご対面。産まれたその日に行きたいなどと言っていた姉上は、一日待たされたせいか、やっと赤ちゃんを抱いてご満悦な様子。甥っ子や姪っ子はかわいいというが、本当にそうなのかもしれない。とはいえ産まれたばかりの赤ちゃんはやはり体が壊れちゃいそうなほど小さく、僕の母親なんかは抱っこするのを、とても怖がっていた。

夜になると結構赤ちゃんが泣く事が増えてきて、抱っこしてあやす場面が増えてくる。産前に妻の友人から勧められた『赤ちゃんがピタリ泣きやむ魔法のスイッチ』を読んでいたので、おくるみで包む、ゆらゆらゆする、耳元でシィーとホワイトノイズの様な音を出す、というのをひたすらやっていた。このころは割とこの方法が効果てきめんで、自分は赤ちゃんをあやす天才なんじゃないかと思ったりもしたが、まあ、効かないときは効かないことを後ほどたっぷりと思い知るのだった(とくにお腹がすいているとき)。

ただ、赤ちゃんを泣きやますのはいくつか方法というかコツもあって、ロッテのお菓子カフカの「ふかふかかふかのうた」と言うのが効くということで試してみると、確かにうちの赤ちゃんは泣きやんだりする。テレビなんかでもおなじみの、あの日本音響研究所監修らしいので、それだけで効きそうな気もするが、愚図り泣きする赤ちゃんにお悩みの方はお試しあれ。ちなみに他にも、聖飢魔IIの「蝋人形の館」や、「♪ピアノ売ってちょうだい〜」と歌うタケモトピアノのCM曲なんかが効くと言う噂があるが、こちらはあんまり実感できなかった。



それはさておき、僕はまた夜に一旦帰宅するのだが、この日の夜は赤ちゃんがなかなか寝てくれず、妻は大変だったようだ。赤ちゃんがあまりに泣きやまない一方、自分も体力の限界なので、ベッドで自分の両側にお布団のクッションを作って、赤ちゃんが落ちないようにして抱っこしたまま寝ていたという。それでも3時から6時の間ずっと泣き続けたり、とにかくもう辛かったらしい。

朝6時になると赤ちゃんの測定が始まり、それを済ませて、隙間の時間を見つけて何とか仮眠や朝食を取るという感じ。僕たちは母乳育児の方針だったのだが、まだこのころはやっぱり量が出ないので、あいた時間に搾乳を頑張ったりしていた。この時期の赤ちゃんは一回20〜30グラムを、一日8〜10回飲むペースらしいが、30分ほど母乳を飲ませた直後に体重を量ってみるとたったの2グラムしか増えていなかったときは、二人で泣きそうになった。まだ赤ちゃんもうまく飲むことができないのだ。かといって搾乳に挑戦してみても、必死に頑張ってやっと10グラム出るか出ないかという感じで、完全母乳を目標としていながら、その大変さを思い知るのだった。

まあ、今から振り返ってみれば、やっぱり最初の数日は母子ともに大変なようで、そのあとは逆に乳腺炎を心配しなくちゃいけないくらい、ちゃんと出るようになったし、赤ちゃんもたっぷり飲めるようになったので、哺乳瓶に比べると母乳の場合は空気を飲み込むことは少ないものの、ちゃんと飲み終わった後にゲップさせないと気持ち悪くてむずがったりという場面も増えてくるのだった。このゲップについては、結構遅くまで気づかず(母乳だからあんまり関係ないと思っていた)、上記の「〜スイッチ」とかでも、赤ちゃんにガスがたまって泣くとかいう記述があったが、最初は一体何のことか分からなかった。ちゃんと飲ませた後に縦抱っこしたり、胃をマッサージしてあげたりして、ちゃんと出せるようになったのはつい最近なのだ。

さて、こうして木曜朝の破水から始まり、金曜の陣痛、土曜未明の誕生、日曜・月曜赤ちゃんのお世話…と、怒涛のように過ぎて行った訳だが、ちゃんとタイミングをはかってくれたのか、僕自身も出産に立ち会うことができたし、偶然3連休で、誕生直後を親子3人、一緒に過ごす事が出来て、なんて親孝行な良い子なのだろうと、さっそく親バカぶりを発揮してる。

今年の頭に妊娠が分かってから、9月の出産を経て、とにもかくにも子供中心で過ぎたこの一年間。既に本日も大晦日で、そんな長いようで短かった一年も終わろうとしているが、
とりあえず年明けくらいからは子供と一緒に、もっといろいろとお出かけもしたいなーと思っている今日この頃。

それでも、まだまだ小さい我が子、先日も初めての予防接種で痛かったのか大泣きしてしまったり、もうすぐ夜泣きが始まるかもしれないと危惧したり、最近は表情も豊かになってきて日々少しずつ違った姿を見せる我が子に目を細めながらも、まだまだ頑張って育てていかなければいけないなぁ、と改めて気を引き締めるのであった。
posted by としゆき at 23:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月30日

長男誕生

僕が疲れから爆睡している間、病院では22時に破水(高位破水じゃなくて、いわゆる本格的な方)が起こり、22時半には子宮口が8〜8.5センチになっており、「様子を見始めているから、出られる用意だけして自宅待機しているように」というメールが妻から届いていた…のだが、まったくそれに気づかず、深い深い眠りに落ちていた僕は家の電話が鳴っても聞こえなかったらしい。わざわざ深夜に病院に戻って来て下さった女医先生には、「旦那さんは立ち会えないんじゃないの?」なんて言われていたようだが、日付変わって13日の土曜日、深夜0時55分には、そのまま産むことに方針決定。携帯の電話が鳴り、相変わらず爆睡中の僕も、今度はなんとか電話に出ることができ、事態が急進展していたことを知る。

余談だが、マタニティタクシーというものがあって、予め自宅や病院、電話番号を登録しておくと、家までお迎えに来てくれて、そのまま病院に向かってくれる。産気づいて利用する人用に防水シートが用意してあったり、運転手は救急救命士のライセンスを持っていたりと何かと安心。今回の僕のように、家族が使うこともできるし、普段の健診で通院にも使える。この時もとりあえず電話を入れて(専用ラインなので、予約が混んでいても優先的に取ってくれる)、「妻が破水したので大至急病院に行きたいのですが」と伝えると、「分かりました。では念のためにバスタオルをご用意下さい」等と言われて、最初何のことが良く分からなかったのだが、妻を連れて病院に行くのだと思われたようだ。ともかく、寝ぼけまなこで慌てて用意して病院に向かう。

実際に産むという事で、麻酔を切ることに。これでまた痛みはぶり返すのだが、やはり陣痛がないと、いわゆる「いきむ」タイミングが分からず、子供がうまく降りてこないらしい。一方で、会社の知り合いなんかは完全無痛をうたう病院で産んだりしているから、やりようはあるのかもしれないが…。

いったん診察するという事で僕はLDRの外に出ていたら、助産師さんがやってきて、「このまま産みますのでLDRに戻って下さい」。この日は他にも出産ラッシュだったようでLDRは埋まっているし、併設する産科クリニックから緊急の患者さんが運ばれてきたり、助産師さんたちも他の部屋との掛け持ちでばたばたしており、LDRに何度も二人きりで取り残されたりした。お腹に圧力計の様なものを装着し、それによって陣痛の強さをリアルタイムでモニター出来るようになっている。これで麻酔中でも陣痛の度合いが見てとれるし、実際に痛みを感じない僕でも「はい、今いきんで!」とか、「痛み引いてきたから息戻して!」とかアドバイス出来る。ちなみに表示されている単位が何だろうと思って助産師さんに聞いたのだが、「…圧力です。」って、それじゃ答えになってない。血圧と同じくmmHgなのか…誰か知っている人教えてください。

実際に赤ちゃんを取り上げてくれるのは、件の女医先生。僕は妻の足を手でしっかりと抑え、手を握り、目をしっかりと開けているように半ば絶叫し続ける。僕は血に弱い方なので見るとはなしに見ていたのだが、最初に赤ちゃんの頭が出てきて、そのあとすぐに全身が出てくる。その瞬間、「おぎゃ〜」と言う鳴き声が聞こえてまず一安心、ちゃんと手も足もついている、手の指なんてものすごく小さい!あくびしてる!あっかんべーしてる!時々眼を開く!なんてかわいい!!!と、こちらは興奮しっぱなし。丸一日以上かけて大仕事を成し遂げてくれた妻は、本当に疲れきった様子で見ていても可哀想になってきてしまった。誕生時刻は午前3時23分、体重は3346グラムと最近では大きい方かな?もっとも、会社の後輩にも少し前に産まれていて、その子は4000グラムを超えていたらしいのだが。

産後のいろいろ処置を行うという事で、女医先生の指示で僕は赤ちゃんを連れて新生児室へ移動。産まれたばかりなのに空中移動をしているのが分かるのか、「どこへ連れて行くんだ!?」と言っているように見えてならないのは親の勝手な思い込みか。この間に両家の家族に無事誕生の報告を入れる。僕たちの赤ちゃんは新生児室の内部でいろいろ処置を受けていたりして外からは見えなかったのだが、他の赤ちゃんたちがガラス窓から見えて、産まれたばかりの赤ちゃんでもちゃんと表情の違いがあるんだなーと実感。ま、一番かわいいのは当然うちの赤ちゃんだ…と思えてくるから父性愛というのは不思議なもの(単なる親バカともいう)。

LDRで少し休んだ後、妻は車椅子で病室へ移動。何はともあれ仮眠を取って、8時頃に朝食を一緒にとる。本当に産まれたんだなぁ〜と感慨に浸りながら、一度帰宅して僕も家で仮眠をとり、これから必要になる授乳クッションを持参してまた病院へ。妻の家族がまた来てくれて、赤ちゃんと御対面。二人で夕食を食べた後、病院内のスタバに買い出しに行こうとすると、新生児室から3人の赤ちゃんが乗った大きな荷台がガラガラ運ばれてくる。まさか、三つ子!?と思いながら買い出しを終えて病室に戻ると、何のことはない、新生児室からの配送で我が子が(他の部屋の子と一緒に)届けられていたのだった。この病院では出産当日の赤ちゃんは新生児室にいて、泣いたりすると病室にお届けになる。お腹がすいたのか、母親の胸元で口を動かしているが、眠いのが勝ってしまったのか母親の腕の中で安心して寝てしまうのだった。

本当にまだ小さな命だが、ひとつの、新しい生命が、確かにそこに誕生したという厳粛な事実にただただ感動するばかりの一日だった。そして最初の陣痛開始からは26時間31分、破水からだと43時間以上の難産を耐えてくれた妻にただただ感謝。
posted by としゆき at 21:12| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月29日

陣痛来る

今年ももうあと3日間。考えてみれば随分と早く過ぎ去った気もするが、自分自身にとって一番大きかったのは何と言っても9月の長男の誕生だった。

9月11日の木曜日、いつものごとく出勤して会社で仕事を始めていたところ妻からメールが届く。いわく、8時半頃に軽く破水したとのこと。いわゆる高位破水と呼ばれるもので、今すぐ子供が産まれて来るわけではないものの、いったん破水が始まると感染症の恐れがあることから入院することになる。とはいえ緊急を要するというほどでもなく、しばらくの間、家を離れるからということで、お部屋の掃除を行ってから病院に行ったらしい。後で僕が帰宅した時に、普段以上にお部屋が片付いていて、一瞬「実家に帰らせていただきます」状態かと思ってしまったくらい。

お昼には妻の母親も病院に来てくれたようで、僕も会社を早退し、家でいくつかの荷物を用意して病院に向かう。妻自身も思ったより元気そうで、病室で一緒に夕食を食べたりして過ごす。このまま様子を見て、翌朝7時より陣痛促進剤を入れて出産…と言う流れになり、僕も翌日に備えて一度帰宅する。

ところが日付変わって12日の金曜日、夜中に妻から陣痛が始まったという連絡が入る。すぐ出産という訳ではないので、5時過ぎまで待って病院へ向かうと、妻は既にLDR(Labor/Delivery/Recovery、つまり陣痛・分娩・回復を同じ場所で行える部屋。分娩時に病室から産室へ移動したりしなくていいので、母体への負担が軽い)に入っており、陣痛でかなり苦しそう。とりあえず以前両親学級で習ったように、「こんな時に夫に出来るのはただただ妻を励ましマッサージしてあげること」ということでマッサージ開始。

その後朝になって助産師さんや付属学校の学生さんもやってきて、マッサージやモニター等をてきぱき始めてくれる。特にマッサージはずっと休みなく行ってくれて、これは本当に助かった。それでも夜中からずっと続く陣痛で妻は焦燥気味、10時になってやっと本日の若い担当医(妊娠中の定期健診で受け持ってくれていた先生とは別)がやってきて診察するも、子宮口はまだ3センチ程度、大体10センチくらいになったら分娩という事なので、まだまだ先は長い。

痛みで既にかなり体力も消耗している妻は、「この次は12時頃に来ます」と言う担当医の言葉を頼りに時計とにらめっこするも、実際にやってきたのは13時15分、この時点で子宮口は6センチ程度。「このままだと夕方くらいですかねー」との事。既に12時間以上経過している事もあり、麻酔を使った和痛分娩について聞いてみるも、出来る限り自然体でと言う病院の方針もあって助産師さんたちは「みなさん頑張ってらっしゃるんですよ〜」等とのたまう。

15時過ぎ、横にいる僕に涙目で痛みを訴えてくる妻の様子に僕自身も限界。二人して再度、和痛をリクエストすると(助産師さんほど信念のない?)学生さんが連絡してくれたらしく、健診してくれていた女医さんが突然の登場。「麻酔をと仰っているんですが…」と言う声に、鶴の一声「いーんじゃないの?」…話が決まると早い、早い、あんなに反対(?)していた助産師さんたちも素早く麻酔モードに突入し、麻酔に向けて血液の凝固しにくさをチェックするための血液検査、そして麻酔科の先生による麻酔と進んでいく。

ちなみに血液検査中に若い担当医に再度診てもらったところ、子宮口は7センチ程度。「ここからは毎時1〜1.2センチくらいだから、(麻酔入れなくても)このまま頑張っていれば21時には産まれるんじゃないかな?」と言われて、逆に僕たちは心が折れ、何が何でも麻酔を入れてもらうと心を決める。さっきは「夕方には」って言ってたのに!

いったん僕はLDRを追い出されて、待合ロビーにいた妻の母・祖母と合流(余りにも陣痛が酷くてやつれているので、妻が外で待ってもらっていた)。陣痛の様子や、麻酔を入れてもらう事にした等と状況を説明する。実は朝から何も食べていなかったのだが、この時差し入れで頂いた豚の角煮弁当の何と美味しかったことか!

17時前にLDRに戻ると、無事に麻酔が効いて楽になってきたようで、妻も見違えるように落ち着いている。ただ、麻酔を入れると痛みは和らぐものの、陣痛自体も弱くなってしまうという事で、出産自体は遅れてしまう。18時半に再び女医さんが来てくれる。妻も元々毎週金曜日の健診だったが、沢山の患者さんで忙しい中顔を出してもらえて、随分と喜んでいた。その際に診てもらったら、子宮口は7センチじゃなくて6センチしか開いてなかったらしく、二人でまた若い担当医におかんむり。

陣痛が弱まっていることもあるし遅い時間になってきたので、翌朝今度は6時に陣痛促進剤を使って出産という流れになり、20時頃に病院を出て一度帰宅。女医先生も、一度帰宅するが、「万が一陣痛が来たら戻るから呼びだして」と仰ってくれる。何とも心強い。田舎の姉から、「明日産まれるのなら、明日会いに東京に行ってもいい?」というのんきな問い合わせが来たので、産まれるにせよ産まれないにせよ、そんな慌ててやってこなくても…と諫めておく。携帯の記録によると、妻にお休みを伝えたのが21時13分。朝早く(と言うか夜中から)の疲れで、まさかこの後大騒ぎになるとは思いもしないでそのまま深い眠りに落ちて行くのだった。
posted by としゆき at 22:22| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする