2013年02月20日

アブ・シンベル

エジプト'12-'13』、

ルクソール西岸』、

ルクソール東岸』、

アスワンへ』の続き。

翌日は早朝からバスでアブシンベルへと向かう。ラムセス2世の建設したアブシンベル大神殿、そして彼の最愛の妻ネフェルタリに捧げた小神殿がそびえる。るるぶエジプトで吉村作治が面白い解説をしていたが、古代エジプトは南部に国境を接するヌビアとたびたび軍事的衝突を起こし、ヌビアにエジプトの威光を見せ付けるためにこの大神殿を建立したと言う。ところが、そんなに立派な建造物を作るほどの富があるのなら…と逆にヌビア側の侵攻意欲を強め、その300年後には古代エジプトはついにヌビア人に征服されることになる。

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今回のツアーのご他聞に漏れず、アブシンベルに到着してもガラガラ。ほとんど貸しきり状態で、さすがにここまで来るとかわいそうに思えてくる。神殿内部はガイド、撮影が禁止されているので、予め外で解説を聞いてから中に入るのは王家の谷と同様。彼が解説のネタ本にした「アブ・シンベル神殿」と言うガイド本、観光地に良く売っているような各国語でのガイド本なのだが、よくよく見ると…作者が、今回のツアーの現地ガイド、マグディ・ガマール(愛称はマック)となっているではないか。

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そう、彼は観光ガイドを勤める傍ら、考古学博物館にも通う研究熱心な面もあり、こんな本まで書いてしまっていたのだ。日本(語?)を学んでいたのだが、成績優秀でご褒美として日本に2週間滞在する機会も与えられたと言う。そのとき食べたリンゴの美味しさが忘れられないらしい。ちなみに今は、エジプトの植物についての本を執筆中ということで、バスの車窓から見える草木の名前を次々上げていく。「知り合いのガイド連中に買ってもらえると思います」なんておちゃめな期待もしている。

ところで、この現地ガイドのマックだが、以前ガイド中に交通事故で半死半生の目に遭っている。

----------(引用開始)----------
JTB、エジプトでバス事故−10名けが、現地ガイド意識不明

2010年6月28日(月)  ジェイティービー(JTB)によると、エジプトで現地時間6月25日16時20分(日本時間同日22時20分)頃に、ルックJTBの参加者15名と添乗員1名、現地ガイド1名を乗せたバスが横転する事故が発生した。添乗員を含めて11名が負傷し、うち2名が骨折。また、エジプト人現地ガイドが意識不明の重体という。死亡者はいない。2名はカイロ市内の病院に運ばれ、その他はアスワンのホテルで待機している。現在、JTB社員が現地に向かう準備をしているところだ。

 ツアーは「ルックJTB大満喫8日間」で、25歳から69歳までの15名が参加。現地からの情報では、エジプトのアスワンからアブシンベルに向かう途中、片側1車線の道路を走行中に、対向車線から進入してきたバンを避けようとしたところ避けきれず、横転したという。
----------(引用終了)----------

この記事中の「エジプト人現地ガイド」と言うのがマックのことなのだ。と言うわけで初日からバスの中でのシートベルトについて口やかましく言われたのもむべなるかな。博識で愛嬌もあり、昨日のガラディナーのグッズを子供のお土産に大事に持ち帰り、後に書くようにいざと言うときのリスク管理もしっかり出来る優秀なガイド、今後は健康でいられますように。

さて、アブシンベル観光後はアスワンまでバスで戻り、昨日見られなかったアスワン・ハイダム観光。高さ111メートル、長さ3830メートル、ナイル川の氾濫防止や農業用水の他、エジプトの電力の2割を賄う一大発電拠点でもある。ダムによって作られた人造湖・ナセル湖は琵琶湖の7.5倍もの面積を持ち、ユネスコによってあわや水没の危機であったアブ・シンベル神殿を移築させる大工事が行われ、後の世界遺産の制定に繋がったと言うのは余りにも有名な話。

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途中、道路のすぐそこまで砂漠が来ている場所で砂漠の砂を見てみる。本当に粒子の細かいさらさらとした砂で、日本へのお土産に是非どうぞ…と言われたのだが、何か変な病気でも持ち帰りそうだしやめておく。砂の上にはスカラベ(フンコロガシ)も歩いている事だし…。

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と言うわけでアスワン→アブシンベル→アスワンの長距離バス移動を終え、飛行機でカイロへ向かう。アスワン空港では飛行機は遅延するは、お土産屋は全部閉まってるはで、かろうじてカフェだけ開いていたので、人気の少ないロビーでiPadしながら過ごし、カイロに帰ったときにはもう随分と夜更けなのであった。
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2013年02月18日

アスワンへ

エジプト'12-'13』、

ルクソール西岸』、

ルクソール東岸』の続き。

さて、新年明けて元日のこの日は、ルクソールを発ち、バスでアスワンへと向かう。途中、ホルス神殿、コムオンボ神殿を見学。

エジプトへのツアーではナイル川を豪華クルーズ船で行き来するものも人気があるようだ。この手のツアーだと、川沿いに林立する様々な遺跡を眺められて楽しいらしい。今回のツアーはバスが主体だけれども、ナイル川沿いのホルス・コムオンボ両神殿に立ち寄ることが出来た。前日に泊まったホテルの部屋からも、何隻ものクルーズ船がナイル川に停泊していたのが見えたものだ。

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さて、ホルス神殿はエドフの街にあり、エジプトの遺跡の中でも最も保存状態が良いとされる。年に一度、デンデラのハトホル神殿から、ハトホル女神(ホルス神の妻)を迎える儀式が行われたと言う。ハトホル神殿はなかなかの見所らしいのだが、今回は残念ながら訪れる事は出来ず。

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ホルス神殿はその名のとおりホルス神を祀っており、ホルス像があちこちに。その中にはエジプト一、美しいとされるホルス神の彫像も。

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ところで良く考えたら2013年の初詣は明治神宮でも平安神社でもなく、異国で異教の、それも古代の神にお参り(?)したことになる。とは言え、まあ難しいことは考えず観光に専念(実際、昨晩のガラディナーがあったものの、大晦日も元日もあんまり意識することはなかった)。

続いて訪れたのはコムオンボ神殿。これまで見て北神殿は中央に通路がある構造なのだが、この神殿は向かって左右に二本の通路がある二重構造。向かって左はハヤブサの神ハロエリス、そして右側はワニの神であるソベクを祀っている。

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この神殿には珍しい医療器具の壁画も描かれている。また神殿の儀式に参加して暇な待ち時間に描かれた落書きとか、ゲームの跡(三目並べみたいなものか)が残ってたりもする。

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さて、ホルス、コムオンボ両神殿を後にして、いよいよアスワン市内へ。アスワンはアスワンダムやアスワンハイダムで有名だが、思った以上に大都会であり、人口も20万人以上らしく、車も多くて道路も混んでいる。ちなみにイギリスの植民地だったにしては、左ハンドルの国だ。そしてアスワンの年間日照時間は世界でも有数らしく、カイロ等北部にいたときは寒かったのだが、さすがに南部に向かうに連れて暖かくなってきたのが実感される。

アスワン市内の名物はどのガイドブックにも載っている切りかけのオベリスク。製作途中でひびが入ったため、そのまま放棄されたものだと言う。

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カルナック神殿のハトシェプスト女王のオベリスクが、現存するものとしてはエジプト最大で29.56メートルなのに対し。この切りかけのオベリスクが仮に完成していれば、その長さは42メートル、一気に最大となるはずのものであった。残念。

「地球の歩き方」等、一部のガイドブックには、溝を掘ってそこに木製の楔を打ち込み、水をかけて膨らませて裂く…と言った制作方法が載っているが、現地ガイド曰くそれは大間違い。もっと柔らかい石灰岩であればその通りだが、この切りかけのオベリスクはもっと硬い玄武岩なので、同じく石で出来たハンバーを使って削っていったと言うことらしい。実際、切りかけのオベリスクの近くに、直径15〜20センチ程の丸い石の塊がいくつも落ちている。こういうものを使って切り出したのだろう。

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この日はアスワンのもう一つの名物、アスワンハイダムも見学する予定だったが、都合で翌日に。その翌日に訪れる予定のアブシンベル神殿を水没させかけたダムだけに、その方が大きさが実感出来て良いかも。

ここで一部のツアー客から要望があったということで香水屋さんに立ち寄る。こちらのお土産屋さんは、パピルス屋にしても絨毯屋にしても、なぜか日本語がうまく、最初にお茶で歓待し、手作りの実演をした後昇段に突入するというパターン。香水は始めは関心なかったのだが、お試しでかがせてくれた香りが思ったより良くて、お土産に何本か買ってしまった。えらく日本語の上手な店員さんが応対してくれたのだが、聞くところによると大学だかで日本語を学んだと言う。外国人が日本や日本語に興味を持って学んでくれるのは嬉しいことだが、そうした頭脳がこんな場末の(失礼!)お土産屋で埋もれてしまっているかと思うと、ちょっと物悲しくなってしまう。

夕刻は日が沈むまでの間を、帆船ファルーカに乗ってナイル川での夕涼み。宿泊するホテルもナイル川の中洲にあるので、そこまでの移動も兼ねているのだが、船頭による歌と楽器の披露があったかと思うと、おもむろにお土産を並べ始めて特売会開始。不恰好な木彫りの動物とかビーズ(?)のアクセサリーとか、手作り感満載で、いかにも観光地のお土産と言う感じ。あんまりこういうのを買ったりしないので、狭い船内で逃げ場もないし…と思っていたら、ツアーの他の参加者が予想外にも興味を示して大盛り上がりとなるのであった。

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夜はホテルからボートに乗ってヌビア料理のお店へ。他社のツアー客も来ていたのだが(後で聞くとどうもHISらしい)、何とその中に当日がお誕生日、つまり1月1日生まれが3人もいたようでビックリ。おまけに1月2日生まれまでいて、おめでたいツアーとなった模様。

ちなみにヌビアというのは、エジプト南部にあった国であり、現在でもヌビア地方の人々は、エジプト北部の人々とは違って、色黒で縮れた髪と言った身体的特徴を持つ。彼らはヌビア人であるという事を大変誇りに思っていると言う。
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2013年02月17日

ルクソール東岸

エジプト'12-'13』、

ルクソール西岸』の続き。

昼食を挟んで午後はルクソール東岸観光。お昼のレストランもナイル川に面しており、そこからボートに乗って対岸へと向かう。初日のバス移動からそうなのだが、ツアーにはセキュリティが同行しないといけない規則らしく、どこの誰だか知らない謎のセキュリティがどやどやと乗り込んでくる。普通に銃を抱えているのが、安心できるのか逆に怖いのかよく分からない。ボートのエンジンが川の途中で止まってしまったときはビックリしたけれど、なんとか再起動していざ東岸へ。

まずはカルナック神殿へ。カルナック神殿は中心となるアメン神殿に加えて、南側のムート神殿、北側のメンチュ神殿からなる複合神殿であり、紀元前2千年頃から2千年に渡って増改築を繰り返された大規模神殿だ。羊の頭をしたスフィンクスの並ぶ参道に沿って神殿内へ。

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列柱室では巨大な柱が並ぶ。映画「ナイル殺人事件」(アガサ・クリスティ原作の小説は「ナイルに死す」)にも登場する。

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ハトシェプスト女王のオベリスクが立っているが、彼女と仲の悪かった息子のトトメス3世によって、もうちょっとで破壊されてしまいそうだったところ、周囲の必死の説得により、壁で囲んで見えなくしてしまうことで落ち着く。皮肉にもそのお陰で今日でも立派なオベリスクを見ることが出来る。確かに良く見ると、壁で囲まれていた高さを境にして、上下で日焼けの仕方(?)が異なっており、そここまで覆われていたのだなぁと言うことが分かる。

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そしてこの神殿にはスカラベ(フンコロガシ)の石像があり、その周りを7周すると幸福になれるという言い伝えがある。この神殿を訪れた人にとってのマストなのだが、えぇ、えぇ、当然廻りましたとも。

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余談だが、このカルナック神殿で調子に乗って写真を撮りまくっていたら、なんとデジカメの電池が切れてしまうというハプニングが!最近のデジカメは電池の持ちがいいはず…と予備の電池を持っていなかったので、泣く泣く何世代も前の古い予備カメラを引っ張り出す。ここだけ画質が悪くなってしまう…皆さん旅行に行くときは、予備の電池とメモリーカードは忘れないようにしましょう。

そして、ルクソール神殿のライトアップへ。ルクソール神殿はアメン神殿の付属神殿であった。カルナック神殿に残るスフィンクス参道は、ここまで延びて結ばれていたと言う。

ライトアップ自体は決して派手なものではないが、暗闇の中にぼんやりと浮かぶ壁画などは幻想的な雰囲気。派手派手しいギザのピラミッドの音と光のショーよりは好感が持てる。もっとも、いくらライトアップされてるとはいえ、上ばかり見て歩いていると足元がおぼつかなく、躓いてしまうのでご用心。

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その後ホテルに戻る。この日は大晦日なので、夕食はホテルが開催するガラディナー。事前に添乗員から連絡があった際、それなりの服装を…なんて言われていた。ガラディナーなんて経験なかったからどんなものか分からなかったが、とりあえず襟がついてて、スニーカーじゃなくて、何ならジャケットもあればいいだろうという程度で準備。ツアー初日からの強行軍もあって妻が若干体調を崩したので、やや遅れて19時開始を22時くらいにディナー会場に向かうも、意外とみんなカジュアルな服装で、変に浮かなくて良かった。ディナーは様々な歌やダンスも企画されており、僕たちが到着したときはちょうど、ベリーダンスが始まるところだった。

ビュッフェで配膳をしてくれるホテルのスタッフも、僕じゃなくてダンサーの方に視線集中で、心ここにあらず。早めに部屋に帰って寝たのだが、日付代わり年も改まる深夜0時頃には、ナイル川に停泊しているクルーズ船から(?)お祝いの汽笛だの、花火の音だのが聞こえてくる中、2013年を迎えるべく眠りに付いたのだった。
posted by としゆき at 15:59| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | エジプト紀行2012-13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月07日

ルクソール西岸

エジプト'12-'13』の続き。

翌日はエジプトで迎える大晦日。ルクソールまで空路移動なので、空港で食べる朝食用のお弁当をピックアップして、眠い目をこすりながらホテルを朝4時に出発。ルクソールは古代エジプトのテーベがあった場所で、市内を流れるナイル川西岸に王家の谷、東岸に世界遺産のルクソール神殿やカルナック神殿を擁し、エジプト観光の目玉の一つだ。

「地球の歩き方」等によると、ルクソールでは気球に乗ってこれら世界遺産を一望するツアーが人気だそうだが、僕らはこんな早朝出発であるものの気球には乗れず。最初にメムノンの巨像を見学に行ったのだが、その途中でも準備中の気球、浮いている気球がほんとうに沢山。確かにこれだけ世界遺産だらけの街を上から眺めるのは爽快だろうなーと思わせる。

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メムノンの巨像は、アメンホテプ3世の像だったのだが、地震(また地震!)でひびが入り、夜明けに音がするようになった。そのため古代ギリシャの伝説に登場するメムノンにちなんでこう呼ばれるようになったと言う(メムノンの母親は曙の女神エオス)。 ちなみにこの巨像は野外にあって、自由に見学出来る。バスの駐車場周りには当然お土産屋さんが屯しており、バスが止まる前から子供たちの積極的な営業活動が展開されるわけだが、現地ガイドの厳しいお達しにより「絶対にお土産は買うな」と厳命される。おかげで巨像の足元に行くことは叶わず、やや遠目から写真だけ撮影。

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続いてハトシェプスト女王葬祭殿。『エジプト'12-'13』でも書いたが、今回のツアーは日程変更でエジプト考古学博物館に先に行っており、いろいろな人物の像なんかを見ながら事前に説明を受けていた。日本からの観光客はツタンカーメンの黄金マスクを目当てに午前に集中するということだが、僕らは午後でガラガラ、そのときも現地ガイドは「今回はラッキーですね」なんて言っていたが、ハトシェプスト女王葬祭殿もガラガラ。「大晦日なのに信じられな〜い」とバレンタイン監督ばりの驚きを見せていた。本当に人もまばらで、本当はいけないんだろうけれど、見張り役の職員に一言二言アラビア語で了解を取って、壁画前の仕切りロープを乗り越えて説明してくれたりしていた。しかしハイシーズンにこんなことになるとは、カイロ市内なんかで革命騒ぎに熱中していた連中じゃなくて、ルクソールで観光業で食べてる人なんかは大迷惑なんではないだろうか。

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続いてルクソール西岸の目玉、あのツタンカーメンのミイラも眠る王家の谷。ここのチケットは公開されている中から3箇所のお墓を見学出来る(エジプトにしては意外にも?結構厳密にモギリをしている)。ちなみにツタンカーメンのお墓は別料金。現地ガイドのオススメに従い、僕たちはラムセス3世、メルエンプタハ、ラムセス9世のお墓を見学。

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見学前の待ち時間の間に、内部の壁画の説明を受けていたので実際に見ても感動一入。やはり予備知識も何もないままふらっと見るよりも、多少なりとも予習していくと理解も感動も深まると言うことで。たとえば、ヒヒが日の出で両手を挙げて喜んでいる様子を、古代エジプト人は太陽を拝んでいると解釈し、壁画でも太陽神ラーと共に描かれている、とか、言われてみれば確かにヒヒが沢山書いてある。

なお、「地球の歩き方」なんかではラムセス6世のお墓が別格ですばらしいという評判で、出来れば見てみたい…と思っていたのだが、なんとこのラムセス6世のお墓も別料金(ツタンカーメンが100ポンド、ラムセス6世はその半額)。

そして、いよいよツタンカーメンの墓、KV62(KVはthe Valley of the Kings=王家の谷の意味。Kings' Valleyと言うべきか?)。こちらは文字通り僕たちのグループだけの貸切見学。通常は混雑を防ぐためにガイドは中には入れない(中でガイドをしてはいけない)のだが、現地ガイドも大手を振っていざ内部へと進む。貸切なんだけれど、監視役みたいな人も着いて来て、当然ながら内部撮影は禁止。でも懐中電灯で照らして詳しく説明したりはOKみたい。

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ちなみに王家の谷は写真撮影禁止。じゃあここに載ってる写真は何なんだというと、現地ガイド公認の(?)お土産屋から、ツタンカーメンのお墓の内部を含む22枚の写真で1000円ということで購入してみたのだが、おまけとしてCD-ROMが付いてきた。このCDには「何百枚もの写真が入っている、かもしれない、が、あくまでおまけなので見られなくても文句は受けつけません」…というもの。家に帰って見てみると、確かにこれでもか、と言うほどの写真が入っている。微妙にドイツ語の解説が入ってたりするから、どこか別の資料から無断でコピーしてきたのかもしれないが…。上のツタンカーメンの石棺なんて、明らかに下に降りて撮影してるから普通の観光客じゃ絶対撮れないアングルだし。

ところで、たまたま帰国して先日CNNを見ていたら、観光客の呼気で壁画が傷んでいると言うニュースをやっていた。ここもそのうち修復に入って観光中止になってしまったりするんだろうか。そうしたら、ただでさえ観光客が減っているエジプトなのに大丈夫だろうかと心配にもなってくる。
posted by としゆき at 22:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | エジプト紀行2012-13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする