2013年01月14日

エジプト'12-'13

昨年末から年をまたいで、エジプト旅行に行ってきた。28日に仕事納めで、フライトは29日の夜便だったので、土曜日に少し早めの年越し蕎麦を頂き、高速で成田に向かう。(僕たちもそうだが)暦の関係でこの日は出国ラッシュを予想、かなり早めに出発したのだが、意外にも道はすいていて思いっきり早く着いてしまった。早すぎてチェックインカウンターがまだ空いておらず、空港内でうろうろしてたら財布を落としてしまって顔面蒼白となったりしたが、幸い出てきたのでほっと一安心。エジプトへはエジプト航空直行便だが、機内持ち込み荷物に付けてくれる紙製のタグの接着力が弱すぎてすぐ取れてしまう。エジプトへ向かう日本人でフライトは満席状態だったが、空港内のあちこちでタグが床に落ちていた。エジプト航空大丈夫か…と思ったが、機体自体は思ったよりと快適で一安心。

初日(旅程の2日目)は現地時間の4時前とかに到着し、そのまま休むことなくフル活動なので、行きのフライトはひたすら寝ていく。エジプト航空は機内でアルコールが出ないから、これからこの便でエジプトに行く人で、ナイトキャップが必要な向きはご注意を。

また、エジプトというと暑いイメージだが、冬シーズンは、東京とあんまり変わらない厚着が必要。実際、現地の人も革ジャンとか着てたりする。ツアーでは深夜早朝に移動を始めたりするが、砂漠が近くて朝晩は結構冷え込むのだ。到着時点も10度くらいだった。空港からホテルに移動し、部屋には入れないという予定だったのだが、政情不安で観光客が減っているせいもあるのか、急遽部屋で小休止が取れることに。シャワーを浴びて着替え、機内のおやつでゲットしたおにぎりで軽くお腹を満たし、現地ガイドと合流して7時過ぎにいざ出発。まずはカイロ郊外の、 サッカラ、ダハシュール、メンフィスへと向かう。

古代エジプトの首都、メンフィスのネクロポリス(死者の街)であったサッカラには、世界最古のピラミッドであるジェセル王の階段ピラミッドが存在する。元々、長方形(直方体と言うべきか)の墳墓(マスタバ墳)が用いられていたのだが、彼は宰相であり建築家でもあったイムホテプと共に、このマスタバ墳を階段状に積み重ねた石造りの階段状ピラミッドを建築する。

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ちなみに古代エジプトは大体、古王国時代→中王国時代→新王国時代→グレコ・ローマン時代と展開し、その後イスラム時代を経て近代、現代へと至るわけだが、我々が今日目にするようなピラミッドが多く作られたのは古王国時代だ。ジェセル王は古王国時代第3王朝の王。

カイロ市のお隣、ギザ市には有名なクフ王のピラミッドがあるが、そのクフ王の父であるスネフェル王(第4王朝)は、この階段状ピラミッドを発展させ、ダハシュールの地でいわゆるピラミッド型の四角錐を目指すのだが、最初に作られた物は傾斜が急すぎて途中から角度が緩やかに変えられたという(屈折ピラミッド)。近くで見ると、ゴツゴツしたブロック状の石の上に、化粧岩が表面を覆っており、建築当時はさぞ美しかったろうと思わせる。

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しかし、この屈折形状に満足できなかった スネフェル王は、屈折ピラミッドの教訓から、最初から緩やかな(とはいえ43度22分もあるが)傾斜のピラミッドを作成、これが現在の赤のピラミッド。四角錐の形をした真性ピラミッドとしては最も古いもので、近くで見ても実に立派な形状、威風堂々たるものだ。何も知らずに「これが有名なクフ王のピラミッドですよ」と言われても、全く気付かないかも。

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そしてこの後のピラミッド建築史は、クフ王・カフラー王・メンカウラー王のギザ三大ピラミッドへと続くのだが、旅程の関係でそちらは最終日のお楽しみ。

さて、古代エジプト最初の首都であるメンフィスでの見所はアラバスター(雪花石膏)製のスフィンクスと、ラムセス2世像。地震で倒れたきり、そのまま寝姿となって展示されている。エジプトの遺跡の話を聞いていると、結構大地震で倒れただの崩れただのと言う話が出てくる。あんまりあの辺りは地震が多いイメージではないし、日干し煉瓦や焼き煉瓦を積んだだけの家がごろごろしているし、今地震があったら大きな被害が出るだろう。もっとも、5000年もの歴史もあれば、それなりに地震もあるということかもしれないが…。

Egypt_MenphisMuseum.jpg Egypt_MenphisMuseum2.jpg

ところで、バスの中で現地ガイドから何度も注意されたのだが、ムバラク政権崩壊に至った「革命」後の政情不安で、海外からの観光客が激減しているという。実際、僕たちの参加したエジプトツアーも久々に催行されたらしい(というわけで、結構ベテランのガイドが割り当てられてたり)。また市民との衝突もあって、警察権力が以前より権威不足になっていること、少ない観光客を取り合ってお土産業者等とのトラブルも絶えないこと、などから、絶対にその辺のお土産屋から買おうとするなと警告される。

このツアーも、本来はこの日の午後は三大ピラミッド見学で、最終日(金曜日)午後がエジプト考古学博物館だったのだが、金曜日はイスラム教の休日であり、博物館周辺ではデモが行われたりしていた事から、念のために日程を入れ替えたのだ。実際、考古学博物館に隣接する建物は放火によって壁面が黒焦げになっていたりして、デモの激しさを物語る。博物館自体も略奪にあったと言うし、ツアーに参加してる限りでは具体的なトラブルには遭わなかったが、一時期は相当緊迫した場面もあった様子だ。

Egypt_EgyptianMuseum.jpg

エジプト考古学博物館の目玉と言えばもちろんツタンカーメンの黄金のマスクを始めとする豪華な副葬品。そして別料金のミイラ室には、ラムセス2世や、2007年に同定されて話題となった(『エジプトの女王』参照)ハトシェプスト女王のミイラが並ぶ。残念ながら館内撮影禁止なのだが、激減した観光客のため、館内は人もまばら。ツタンカーメンの部屋なんて僕達だけのほぼ貸切状態で、十二分に堪能することが出来たのだった。

ちなみに国際協力機構(JICA)のサポートで、ギザ地区に新しく大エジプト博物館の建設が進んでいる(2015年夏完成予定)。ツタンカーメンのマスクなどもこちらに移される予定だが、現地ガイドはせっかく考古学博物館にまとまっている展示物がバラバラになってしまうと嘆いていた。

さて、夜便、機内泊、一日中移動・観光とハードに過ごしたこの日の締めくくりは、三大ピラミッドでの音と光のショー。エジプトでは各遺跡で、ライトアップやナレーション、音楽による「音と光のショー」が催されるのが定番。ツアーの予定には入っていなかったのだが、折角だからと現地ガイドに頼んでアレンジしてもらう。夕食後、一度ホテルに戻って現地アシスタントとタクシーで向かう計画だったが、余りにもひどい渋滞(3車線に4列、5列の車が並び、クラクションが鳴り止まない)のため、ピラミッド近くのレストランで夕食を取った後、そのまま向かうことに。

店を出て、アシスタントに手を取られて、反対車線に道路を歩いて渡るところから試練なのだが、タクシーに乗って会場に向かっていると、床の高い観光用大型バスでは分からない大渋滞の恐怖が。どうして隣の車と接触事故を起こさないのか不思議な程幅寄せされ、少しでも隙間を見つけたらどんどん車体をねじ込んでくる。そんな中を歩行者が道を横断しまくるという、まさにカオス。ツアー前に添乗員に相談したときは「個人での移動はあまりオススメしない」と言う事で渋られたのだが、いざとなればタクシーでも何でも飛ばせば大丈夫だろうと思っていたのが甘かった。正直、アシスタントの同行がなかったら諦めていただろう。

ショー自体はさほど取り立てて言うほどの事はないが、個人的には下手にストーリーを語ったり、音楽を入れたりするよりは、淡々とライトアップでもしていた方がいいんじゃないのかなぁ、と思った次第。ネットで見てても音と光のショーは今一という声も多いようだが、うーん、まあ、それは何事も体験って事で。

Egypt_SphinxLandS.jpg Egypt_PyramidLaS.jpg
posted by としゆき at 17:42| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | エジプト紀行2012-13 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする