2010年10月26日

ミュンヘン市内散策

独逸』、

フランクフルト』、

フランクフルト2』、

ハイデルベルク』、

ヴュルツブルク』、

ライン川〜ローテンブルク』、

白鳥の城〜草原の教会』、

パレード〜サッカー〜HB』の続き。

ドイツ7日目。昨日から始まったオクトーバフェストだが、本日もパレードが予定されている。昨日は醸造会社中心だったが、この日はドイツ全国各地(および周辺国)からの参加者もあり、パレードの規模もずっと大きくなる。パレードはホテルの前の通りを通るので、エントランスのテラスにテーブルが用意され、カナッペとシャンパンでパレードをお楽しみあれ。みたいな案内が来ていた。

MunichHotelEntrance.JPG

ちなみにテーブルクロスにも使われている水色と白色の格子模様は、バイエルン州の旗で、どこかで見たことがあるな、と言う人…そう、その通り、BMWのエンブレムに使われているのがこの色。BMWという社名自体も"Bayerische Motoren Werke"だし。ちなみにエンブレムの円形と十字形は、飛行機のプロペラを表しているという。

BMW.gif

パレードは約2時間続くが、基本的にはブラスバンド、馬車、各地方伝統衣装を身にまとった人々、の3点セット。時々馬に乗っていたり、車に乗っていたりもする。全ドイツから馬と楽器が集まったのではないかと思ってしまうほど、延々と続く。こちらも立ちっぱなしで疲れてきて、パレードの後方を見やっても、遥か彼方まで人と馬の列が見えるのだった。

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パレードも終わり、一度部屋に戻ると机の上に見慣れないものが。オクトーバーフェスト期間中のホテルからの贈り物で、街中あちこちで見ることになるジンジャーブレッド。オクトーバーフェスト会場でも大小いろいろ売っていて、クリスマスの飾りや、ハロウィンのかぼちゃみたいに、装飾代わりにも使われる。後で聞くところによると、3〜4年は保つということだけど、本当かな?

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さて、本当は今日は遠出をしようかとも思っていたけれど、パレード見学が意外に長引いてしまった(昨日の日記ではないが、やっぱり「オクトーバーフェスト好き」なのかもしれない)。なので市内でいろいろ見て回ることにする。この辺は6連泊でスケジュールにも余裕があるから出来たことなのだが。移動にはホテル近くのトラムを使うのが便利なのだが、この日はパレードのせいでトラムは午後まで運休。だからホテルから歩いて、バイエルン州立歌劇場前を通りながら、レジデンツへと向かう。こちらのレジデンツはバイエルン王国、ヴィッテルスバッハ家の宮殿。触れると幸福が訪れると言うライオンの像をなでてから中に入る。

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さらに足を伸ばして、郊外のニンフェンベルク城へ。「妖精の城」の名にふさわしい、美しいこのお城は、バイエルン選帝侯や国王の夏の離宮であった。

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ちなみにこのニンフェンベルク城には、ルードヴィッヒ1世が愛した美女36人の肖像画が並び、観光客にも人気の「美人画ギャラリー」がある。色々な顔が並んでいるが、僕が自分の好みで選んだトップ3は以下の通り(順不同)…いかが?

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そしてこの後は、ヴィッテルスバッハ家のコレクションを収納した美術館、アルト・ピナコテークとノイエ・ピナコテークへ。新旧2つのこの美術館に加え、僕は行けなかったが現代美術を揃えたモダン・ピナコテーク("Pinakothek der Moderne")も存在する。ノイエ・ピナコテークに行けたのは結構遅い時間になってしまったのだが、順路どおりに進もうとすると「駆け足で見なくちゃいけないけど大丈夫?」と心配される。「印象派とゴッホは順路の終わりの方だから、逆に回ったらどう?」等とアドバイスされる始末。仰せの通りに逆向きに進んで見ると、確かに日本人なら一番見たいのはこの辺りだろうな〜と思わせる。正規の順路の最初の方にあるのは、あんまり馴染みのない(≒無名な画家の?)作品だった。

あと、ノイエ・ピナコテークにはクリムトの絵があるはずで、是非見てみたかったのだが、こちらは展示室が工事中。「今はどこに(貸し出されたりして)あるの?」と聞いてみると、職員は笑いながら足元を指差す。地価倉庫ってことなのだろう。

さて、前にも書いたが、ドイツの夜は早い。大体5時〜6時にはお店や美術館は閉まってしまう。「地球の歩き方 南ドイツ」によると、BMW博物館は日曜日なら夜8時までやっているということなので向かって見る。まるでエンジンのような外観のBMW本社ビル(通称「4気筒」だとか)近くに、BMWの納車センターも兼ねたBMW Welt (=BMW World)があり、さらにBMW博物館がある。ところが…近づいて見てみると、やっぱり6時までじゃないか!やはりガイドブックは当てにするものじゃない…。

BMWmuseum.JPG

日も沈まんとする頃、今度こそ夜遅く(24時まで)やっている、オリンピック塔に向かうことに。ミュンヘンの夜景でも楽しもうと思ったのだが、オリンピック塔自体はミュンヘン市内の北の方に位置しており、中心部の夜景からはやや遠い位置にあるのだった。展望台は吹きさらしだが、その下の階にガラス張りの展望台があり、日本でもよくあるように各建造物の方向が書いてある。丸い展望台を一周していくと、ふとガラス窓に

"Walhalla"

の文字が!ヴァルハラと言えば北欧神話で、ワルキューレによって戦士の魂が集められる宮殿のはず。他の建物は実在の物ばかりだから、これは何だろう、西方浄土じゃないけど、こちらが西ですよ、と言うしゃれだろうか(もちろん、ドイツには西方浄土なんて概念はないだろうが)…と思っていたら、ちゃんと「ヴァルハラ神殿」という建物が実在していたのだった。

辺りもすっかり暗くなり、この日は大人しくホテルに帰る事に。ところが戻ってみると、部屋の鍵が空いたままだ。実は電子式のカードキーの調子が悪く、出掛けにハウスキーピングの人に修理の手配をお願いしていたのだが、忘れられたのか再び壊れたのか…。エンジニアの人が来て直そうとするのだが、いつまで経っても直らないらしい。仕方なくフロントに頼んで部屋を交換してもらう事にする。ちょっとだけ広くなったのと、何よりちゃんと鍵がかかることに満足して眠りに落ちるのだった。

posted by としゆき at 21:52| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月25日

パレード〜サッカー〜HB

独逸』、

フランクフルト』、

フランクフルト2』、

ハイデルベルク』、

ヴュルツブルク』、

ライン川〜ローテンブルク』、

白鳥の城〜草原の教会』の続き。

ドイツ6日目。そしてこの日、9月18日は200周年を迎える世界最大のビール祭り、オクトーバーフェストの開幕日。午前中には各醸造所によるパレードがあるから、それを見に行く事にする。

ホテルを出ようとロビーに行って驚いたのは、フロントの従業員がみんな「オクトーバーフェスト仕様」だったこと。女性陣はみなディアンドル(dirndl)と呼ばれる、南ドイツの民族衣装を着ている。シンプルなデザインで、パン屋さんの店員さんが来ていそうな可愛らしい衣装。

HotelDirndl.JPG

そもそも昨日チェックインしたときにも思ったのだが、フロントの人たちはとっても優しい。ホテル従業員と言うことを割り引いても、南ドイツの朗らかな性格なのか「衣装を写真に撮りたい」というと、わざわざ同僚を呼び集めて、場所はここがいい、こっちの方が明るい、と気を使ってくれる。

後で知るのだが、オクトーバーフェスト中、ミュンヘンの街中はこの衣装を着た人たちでいっぱい。もちろん、オクトーバーフェストのために着込んでいる人もいるが、普通に買い物をしたり、地下鉄に乗ったりする時も着てたりする。日本で言うと、花火の日に浴衣を着て歩いてるようなものだと思うが、浴衣に較べると洋装(ってそりゃそうだが)なので、歩いたり普段の仕事をするのに特に問題はないのだろう。

というわけで、ホテルを出る前から既に気分はオクトーバーフェストなのだが、トラムにのってカール広場近辺へ向かう。パレードにはまだ30分以上あるのに、既にすごい人たちで場所取り合戦。なんとか場所を確保して、パレードを待っていると、ホテルやレストランの2階から見学している人も多いし、テラスで自分たちも飲んでて、既に出来上がってる人もいる。小さな子供も含めて、やっぱり民族衣装が多い。

1時間程度のパレードなのだが、ホーフブロイ、レーベンブロイ等有名ビール醸造所が馬車を出している。会社関係者なのだろう、家族連れが大挙して乗っている馬車もあり、僕も写真撮りまくり、手振りまくりではしゃいでいたら、馬車から花を投げてくれたりする。余りにもはしゃいでいたせいか、僕の後ろにいた日本人が突然話しかけてきて、「オクトーバーフェスト、お好きなんですか?」…って、始めて来たんだっての。

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観光客も当然、オクトーバーフェスト仕様。

OktoberfestDirndl.JPG

パレードが終わり、警察が道を仕切っていたロープを片付けたりする中、人々がパレードに付いてオクトーバーフェスト会場であるテレージエンヴィーゼ"Theresienwiese"(地元っ子はヴィーズン"Wiesn"と呼ぶ)に向かっている。朝から元気だなぁと思いつつ、僕はビールを飲みに行くのは後日にしてパレード会場を後にする。というのも、この日は土曜日で、ミュンヘンにあるアリアンツ・アレーナ(2006年FIFAワールドカップ・ドイツ大会でも準決勝ポルトガル対フランス戦が行われた)では、地元バイエルン・ミュンヘン対1FCケルンの試合が行われる。日本で入手したチケットを持って、地下鉄でアレーナのあるフレットマニング駅へ向かう。

バイエルン・ミュンヘンはドイツ代表を多く抱え、ドイツのみならず世界中にファンのいる人気チームだ。漫画「キャプテン翼」でも、SGGK(スーパー・グレート・ゴール・キーパー)である若林源三が、ハンブルガーSVから移籍する(と示唆されている)チームだ。かたや1FCケルンは、あの奥寺康彦や、日本でも人気のリトバルスキーが在籍した名門チームだ。と言うわけで試合自体も楽しみに出かけたのだが…結果は0対0のスコアレス・ドロー。見てるほうには一番フラストレーションのたまる結果となってしまったのだった。
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ところで、試合中に「カーン」と言う音と共に他海上の得点状況が逐一報告されるのだが、こちらのファンはさすがにサッカーを良く知っていて、多分、順位争いなんかの関係なのだろう、その報告に一喜一憂している。この日はシュトゥットガルトが7対0と言う大差で勝利したこともあって、試合中カン、カン、なりっぱなし。あと余談だが、大ビジョンでのチーム表記を見て気づいたのだが、ブンデスリーガのカイザースラウテルン、日本語で発音すると「カイザー」+「スラウテルン」と思ってしまうが、"K'lautern"と書かれてあった。と言うことでむしろ正しいのは「カイザース」+「ラウテルン」。これからは気をつけることにしよう…。

さて、アレーナではバイエルン・ミュンヘンのレプリカを買って着て応援していたが、帰りもそのまま市内に向かう。昨夜は遅い時間にミュンヘンに着いて、観光名所でもあるビアハウス、ホーフブロイに行ってみたはいいものの、とんでもない行列(聞くと、オクトーバーフェスト中は予約を受け付けないらしい)で入場できず、仕方がなく近くにあった「庄屋」と言うラーメン屋(意外とドイツ人にも人気)でさびしく夕食をとったのだった。この日は夕方6時くらいにホーフブロイに到着し、さすがに中に入れるという。あのヒトラーが演説したことでも有名だが、中に入ったはいいものの、座席は既に結構いっぱい。空いた席を探してさまようが、幸い、一人座れる分が空いてるテーブルが合ったので"Ist hier frei?"と聞いてみると、「まあ、座れ、座れ」という感じで迎えてくれる。聞いてみると、スイスからオクトーバーフェストに来たグループで、その直前にあった登山鉄道での事故(日本人観光客が死亡)の事を謝られて、びっくりしてしまう。

ミュンヘンでは日本人はそうは言っても目立つし、何故かバイエルン・ミュンヘンのユニフォーム着てるし、面白がられたのか近くのいろんなテーブルからお声がかかる。本来は人見知りで、しかも外国語で話さないといけないのは億劫なのだが、ホーフブロイハウスの陽気な雰囲気がなせるのか、知らず知らず見知らぬ人との酒宴を満喫してしまう。

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ホーフブロイハウスでは生バンドの演奏もあり、日本でも「アサヒ ザ・マスター」のテレビCMでもおなじみになった"♪Ein Prosit〜"なんて演奏して、みんな立ち上がって大騒ぎ。こちらのビールは基本が1リットルジョッキなのだが、三杯ほど飲んでほろ酔い気分(と言うよりも、最後は酩酊?)でホテルに帰ったのだった。ホテルがホーフブロイハウスから歩いて5分程で良かった…。
posted by としゆき at 22:02| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ドイツ紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月17日

白鳥の城〜草原の教会

独逸』、

フランクフルト』、

フランクフルト2』、

ハイデルベルク』、

ヴュルツブルク』、

ライン川〜ローテンブルク』の続き。

ドイツ5日目。本日はローテンブルクから一気にロマンチック街道を南下、南ドイツ観光最大の目玉といってもいいノイシュヴァンシュタイン城を見学した後、世界遺産でもあるヴィース教会を経て、さらにミュンヘンに移動すると言う、なかなか大変な一日。ところで、ノイシュヴァンシュタイン城と言えば、ディズニーランドのシンデレラ城のモデルになった…と思い込んでいたのだが、ディズニーのホームページによると…

http://home.disney.go.com/guestservices/faqs

『ディズニーランドの「眠れる森の美女城」はノイシュヴァンシュタイン城の様に見えるが、実際は中世ヨーロッパのいくつかのお城がモデルになっている。ディズニーワールドの「シンデレラ城」は、フォンテンブロー、ヴェルサイユ、シュノンソー、シャンボール、ショーモン等のお城がモデルになっている』

…と言うことで、むしろ眠れる森の美女城だった。どこで記憶が違ってしまったのだろう???

それはさておき、バイエルン王国の悲劇の狂王、ルードヴィッヒ2世がその心血を注いで築きあげた「新白鳥城」。余談だが、バスのガイドが「ノイシュヴァ"イ"ンシュタイン城」と言う人が意外に多い…と話していたが、確かに日本に帰ってきて聞いてみると結構いる。ノイ「シュヴァイン」では、せっかくの「白鳥」城か「豚」城になってしまう。もっとも、これまたガイド氏曰く「ドイツ人にとっては豚は幸運の象徴なのです」。確かにミュンヘン市内にも豚の像が置いてあったりしたなぁ。

さて、ノイシュヴァンシュタイン城が起工したのは1869年、元号で言えば明治2年だ。中世っぽい装いだが、その実、時代は既に近代。プロイセンを中心としたドイツ帝国にバイエルン王国も加わるのだが、政治嫌いのルードヴィッヒ2世はワーグナーの音楽に心酔し、幼少時より思い憧れた中世に耽溺していく。国家予算を破綻の淵に追いやった新城建設は家臣の反発を買い、狂気を理由に逮捕・幽閉され、シュタルンベルク湖で謎の水死を遂げる。

そんなルードヴィッヒ2世の夢の城、ノイシュヴァンシュタイン城の近くには、彼がそこから城の建築を見守ったと言うホーエンシュヴァンガウ城がある。シュヴァンガウ村に入ると、まずこのホーエンシュヴァンガウ城が見えてくる。二つのお城の麓にはアルプ湖があり、水面に映る城が美しい…と聞いて、息せき切って走り出す。10分程歩いただろうか、反対側から湖沿いに散歩してきた夫婦と出会い、聞いてみると「ここから20分も歩くと、とっても美しい景色が見られるよ」との由。さすがに集合時間との兼ね合いもあり断念。かろうじて二つの城が見える場所までダッシュして撮影してみる。

2castles.JPG

ちなみにアルプ湖にもちゃんと白鳥がいた。

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お城には麓から歩いてもいけるのだが、今回はシャトルバスに乗って行く。実はこの数日前の9月14日、日本人観光客が巻き込まれる事故が起こっており、日本からも何通か安否を問うメールが来たりしていた。バスツアーの他のお客さんも同様だったのだろう、ガイドに事情説明を求めていたりした。僕達は特に事故もなく山道を登って行き、城の全景が見られる絶好の眺望スポット、マリエン橋に到着。ちなみに、多くの街に存在するマリエン広場やマリエン・カペレは聖母マリアを意味するが、このマリエン橋はルードヴィッヒ2世の母親マリーに由来している。

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重さ900キロのシャンデリアが輝く玉座の間や、ワーグナーの「タンホイザー」に登場する歌人の間等、豪華絢爛な部屋が続く。歌人の間は、ワーグナーの世界を再現したいためだけに作らせた部屋であり、ルードヴィッヒ2世自身は実際に演奏を行うつもりはなかった。もっとも、彼が城に滞在したのはたったの172日間であり、彼の死後、一般公開されたこの城では、実際のコンサート等が行われていると言う。

城からの下りでは馬車にのってのんびりと移動。麓にはスワロフスキーのお店もあった。先程のアルプ湖の白鳥と較べると味わいがある。

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シュヴァンガウを後にして、世界遺産のヴィース教会へ向かう。ヴィースはヴィースバーデン等と同様、ドイツ語で草原を意味する。1730年に製作されながら、あまりにも悲惨な姿のために放置されていた「鞭打たれるキリスト像」。それを貰い受けた地元の農夫が日夜祈りを捧げていると、1738年6月14日、そのキリスト像の目に涙が流れたと言う。この話が広まり、世界中から参拝者が訪れるようになり、1754年にはヴィース教会が建立された。

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外から見ると草原に建つ小さな教会だが、内部はロココ調の華麗な装飾でいっぱいだ。

Wieskirche2.JPG

残念ながら僕達が訪れたときは、内部で信者向けの行事が行われており、教会内を自由に見て歩く事はできなかったが、その分天井のフレスコ画等をゆっくりと見学する事ができた。旅行前に会社の同僚のドイツ人(ベルリン出身)に、「ヴィース教会を知っているか?」と訪ねたところ、聞いた事もないと言う。その後自分で調べた彼曰く「自分はプロテスタントだから、こういうババリアの古臭い教会には興味がない」との事…。ま、キリスト教徒でない僕には美しい建造物として楽しめるのだけれど。

朝から生憎の天気だったが、何とか一日もってくれた。バスはこの後、一気にミュンヘンまで向かって今回の旅行最長距離の移動日は無事終了。いよいよ明日からはオクトーバーフェストに沸く(はずの)ミュンヘン、ドイツ紀行も後半戦だ。
posted by としゆき at 00:19| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月12日

ライン川〜ローテンブルク

独逸』、

フランクフルト』、

フランクフルト2』、

ハイデルベルク』、

ヴュルツブルク』の続き。

ドイツ4日目。今日はフランクフルトを後にし、ライン川を船で下った後、バスでロマンチック街道を通ってローテンブルクへと移動する予定。歴史的にも中央集権国家の成立が遅れ、それがために逆に各地方都市が豊かな文化を誇るドイツ。ロマンチック街道沿いにも見所たっぷりな街が並び、本当ならばレンタカーでも借りて車での移動がベストなのだが、過去何年も運転していないペーパー・ドライバーな僕には、まして左ハンドルはハードルが高い。この街道には電車が通っていない街も多いため、ドイチェ・ツーリング社のヨーロッパ・バスをでの旅もメジャーな選択肢の一つだ。だが、このバスは一日一便しかなく、さらに各都市には本当に僅かに停車するだけなので、途中何泊もするのでなければ逆に使いにくい。そこでフランクフルトの友人のお勧めもあり、JALPAKの運行するユーロエクスプレスバスを選択。本日木曜日にフランクフルト→ライン川下り→ローテンブルクと移動し、翌金曜日にローテンブルク→ノイシュバンシュタイン城→ヴィース教会→ミュンヘンと移動する。

さて、ドイツ観光の見所の一つ、ライン川下り。"der Rhein"と男性名詞で呼ばれるように、ドイツを代表する「父なる川」だ(ちなみに女性冠詞dieで呼ばれる「母なる川」と言えば"die Donau"、ドナウ川)。マインツ〜コブレンツ間をクルーズ船が就航しているが、時間のない観光客に人気なのはその中でもリューデスハイム〜ザンクト・ゴアール(もしくはその対岸のザンクト・ゴアルスハウゼン)。多くの古城が集中するとともに、ライン下り最大の名所、ローレライの岩山も含む美味しい部分だ。

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船に乗ると既に別の日本人団体客が屋上の座席右半分を占拠している。そうなのだ、古城は左側に多めに建っているものの、みんなが楽しみにしているローレライは右岸に位置するのだ。もっとも、その多くは途中で寒さに耐えかねて脱落して行ったのだが。僕はと言うと、前日に買った上着のおかげで約2時間のクルーズ中、ずっと吹きっさらしの屋外に立っていられた。と言うわけで、最初の10分程を過ぎると座席を自由に移動して、写真も撮り放題。日本から持参した双眼鏡も大活躍で、天気が悪かったのが惜しまれるが、満喫の2時間だった。お城は川岸だけじゃなくて、中洲に建ってたりもする。

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そしてローレライはこんな感じ。

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船の中ではドイツ語、英語に始まり、スペイン語やらロシア語やらで解説をしてくれるのだが、最後に日本語で「船の右前方に見えるのは…」等と始まる頃には既に船後方だったりするので油断がならない。ローレライも知らないでいると、ついつい見逃してしまいそうだ。

そんなこんなでクルーズを終え、バスで船に乗ったリューデスハイムまで取って返す。ちなみにフランクフルトの様に、この街も本当はリューデスハイム・アム・ライン。文字通りライン川沿いに位置し、僕たちの様にここを起点にクルーズ船に乗る人も多い。つぐみ横丁(Drosselgasse)と呼ばれる細い路地には、ワイン酒場がひしめく。ライン川沿いは南に面した緩斜面に、ラインの川面からの反射光も浴びてワインの名産地なのだ。僕たちもここでお昼休憩。その間に、一人ゴンドラに乗って山頂に立つニーダーヴァルト記念碑を目指す。

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1871年のドイツ帝国統一を記念して作られた女神ゲルマニアの像であり、そこから眺めるライン川と斜面に広がるブドウ畑の景色は非常に素晴らしい。曇り空からたまに漏れる陽光できらめくライン川は、「ニーベルングの指輪」の「ラインの黄金」を思い出してしまう。

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午後、リューデスハイムから一路ローテンブルクへ(またまたちなみに、この街も本当はローテンブルク・オプ・デア・タウバー、タウバー川の上に位置するローテンブルク。文字通り、タウバー川沿いの高台に位置している)。ロマンチック街道でも一、二を争う人気の街であり、城壁に囲まれた旧市街の様子は中世の街並みそのままに、「ヨーロッパ」と聞くと想像するような美しい建物が立ち並ぶ。

Rothenburg.JPG Rothenburg2.JPG

また、城壁にはところどころ階段がついていて、2階部分へ登る事ができ、城壁沿いに散歩もできる。「地球の歩き方」には「(第2次大戦の被害は寄付金で修復されたが)寄贈者の名を書いたプレートが、城壁の壁に埋め込まれ、日本の団体の名も見られる」等と思わせぶりな事が書いてあるので、あんまり大っぴらに名前を言えない団体か?と見に行ってみたものの、見つかったのは日本交通公社(JTB)だけだった。拍子抜け。ところがJTBパブリッシングの「ワールドガイド ドイツ」には何の記載もなし。

本当はローテンブルクには市庁舎に教会、お店に博物館と見所が沢山あって、長く滞在したかったところだが、残念ながらバスの都合で一泊しかできない。しかも解散になったのが午後6時頃で、閉まるのが早いドイツのお店はもう殆ど終わってしまっていた(大体6時までと言うところが多い)。かろうじてローテンブルク名物のお菓子、シュネーバル(Schneeball、つまりsnowball=雪球)と言う、パン生地を丸く揚げて粉砂糖をまぶした物を買い食いし、テディベア専門店のテディランドをひやかし、世界中からお客の訪れるクリスマス用品専門店のケーテ・ヴォールファールトを覗く。リューデスハイムにも支店のあったこのお店は、店内全てがクリスマスの雰囲気に満ちていて、見て歩くだけでも楽しい。シュネーバルは何週間も日持ちするとかで、缶につめてもらって日本に持ち帰ったが、確かに1週間後くらいなら問題なく頂けた。日本でも売ってないかな。

ローテンブルクの〆は夜警ツアー。中世の街にいた夜警を模したガイドが街を案内しつつ歴史を語ってくれる。「10人以上で催行」なんて書いてあったが、集合場所のマルクト広場に夜8時に行ってみると、100人くらいいたんじゃないだろうか。

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参加者が多く人だかりなのと、ドイツなまり(?)の英語な上に、しゃべっていて落ちの部分になると声が上ずってしまうと言う難点を抱えてはいたが、参加者を引き連れて夜の街を練り歩き、ところどころで立ち止まってはおもむろに話し出す。かつては塩の価値が高く、サラリー(給料)の語源ですよ…なんて話をしつつ、「でも皆さんはこのツアーが終わったときには、塩(で参加費を払おうなんてこと)は考えてもいけませんよ」とか、中世には下水がなく2階の窓から投げ捨てていた…と言う話で、「でも窓から捨てる時にはちゃんと叫んで注意していたんだけど、人間叫ばれると、ついついそちらを向いてしまうし、ましてや上を見上げるときには思わず口が開いてしまう」なんて言う部分では大爆笑が起こっていた。多分、毎晩使う持ちネタなんでしょう。

posted by としゆき at 22:59| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月05日

ヴュルツブルク

独逸』、

フランクフルト』、

フランクフルト2』、

ハイデルベルク』の続き。

ドイツ3日目。昨日に続き、電車に乗って今度はヴュルツブルクへの日帰り旅行。昨日は曇り〜小雨だったが、この日は完全に雨。とは言え土砂降りではないが、観光で歩き回っていると、傘を差していてもいつの間にやらぐっしょり…と言うことになる。再度DBのチケットを購入して出発を待つ。フランクフルト〜ヴュルツブルクは、噂のICE(=Inter City Express)。ドイツ版新幹線であり、以前から機会があれば乗ってみたいと思っていた。座席の予約をしようと思ったのだが、出発直前過ぎて予約できないと言う。車両に乗り込むと、座席横の小さな電光掲示板に予約された区間が表示されている。そこが空欄になった席を探して席に着く。やはり昨日の電車に較べるとビジネス関係が多いのか、座席に着くなりノートパソコンを開いたり、何やら膨大な資料を読みふける人が多い。余談だが、(ドイツに限らず)ヨーロッパでは分厚いプラスチック製のファイルに書類を大量に挟んでいる人を見ることが多い気がする。昨日のハイデルベルクでも、学生が重そうに資料を運んでいるのを見かけた。

閑話休題。ヴュルツブルクからは日本人にもお馴染みの人物が二人出ている。一人はオランダ人と偽って日本に入国したシーボルト。そしてもう一人は、ご存知第一回ノーベル物理学賞者であるレントゲン。普通の観光客は訪れないかも知れないが、元物理屋さんとしてはやっぱり欠かせないと言う事で、駅の近くのレントゲン記念館へ。

Roentgen.JPG

現在は専門学校校舎の中にあるのだが、朝早いせいか誰もいないので、表示に従って中に進み、自分で室内灯をつけたりして勝手に見学。レントゲンは余りにも実験に没頭して、研究室に寝泊りし、さらにはオマルまで持ち込んで研究室に篭ったと言う。それくらいしないと大発見は出来ないのかも。

その後は普通の観光モードに。ここヴュルツブルクの2大名所は歴代大司教の居城となっていたマリエンベルク要塞。そして世界文化遺産でもある、レジデンツ。それぞれガイド・ツアーがあり、特にレジデンツではガイド・ツアーに参加しないと個人では見られない部屋がある。事前に見る順番を考えていても、思いのほか悪天候だったり歩き疲れで移動に時間がかかり、臨機応変なスケジュール調整に苦労する。この日も予定を変更して最初にレジデンツに向かう。

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映画「三銃士」の撮影で入場規制かも…と懸念されたが、どうも天気が悪かったと言う事で撮影は急遽中止、変わりにマリエンベルク要塞に向かったと言う。というわけでレジデンツの見学は可能なのだが、この後向かう要塞はどうなるのかが心配になるが、それはまた後で考えることにしよう。ちなみにレジデンツでのガイドは、「自分は歴史を研究しているので、『三銃士』がルーブル宮殿の代わりとしてレジデンツを使っていることが理解できない」と冗談めかしながらもご不満な様子。

さて、レジデンツで最も有名なのは「階段の間」。オーストラリア以外の世界4大大陸を描いた天井一面のフレスコ画。

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個人での見学の場合、レジデンツ正門から入って左側の部屋のみになるのだが、ガイド・ツアーでは残りの右側も見学(と言うか、右側をガイドしてくれて、左側はご自分でどうぞ、と言う感じ)。特にこちらにある「鏡の間」は一見の価値あり。というわけで、ヴュルツブルクのレジデンツにおいでの向きは是非ガイド・ツアーに参加してみて下さい。もし旧50マルク紙幣を持っている人がいたら、その肖像に採用されているのはレジデンツをデザインしたバルタザール・ノイマンなので注目(裏面はレジデンツ)。

レジデンツに続いては、マリエンベルク要塞。

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マリエンベルク要塞は街の中心から見て、マイン川を挟んだ対岸の丘の上に建っている。徒歩20分程度と言う事だったが、やっぱり足に自信がないのでバスを待つ。要塞についてみると、ガイド・ツアーはドイツ語しかない上に、やはり映画の撮影スタッフに占拠されており、建物内部の見学は出来ないとの事。さらに、マイン川に面した側のテラス、「領主の庭園」から眺めるヴュルツブルクの街が美しい…と言う事だったが、そちらも立ち入り禁止。かろうじて要塞の敷地から見えたヴュルツブルクの街並みが下の写真。

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ハイデルベルクもそうだが、赤い屋根の家並み、川沿いに発達した古い街並み、いかにも中世ヨーロッパを彷彿とさせる眺め。もっと良い角度から眺めてみたかったのに。

「三銃士」なんて見てやるものか、と思いつつ、三銃士の話は好きだし、3Dだし、ドイツ旅行の想い出とともに真っ先に見に行ってしまうかもしれない。ちなみに「三銃士」(と言うか、ダルタニャン)については、僕の好きな佐藤賢一の「ダルタニャンの生涯―史実の『三銃士』」がおススメ。あと、彼は早く講談社現代新書の「フランス王朝史」の続編を書くように。

ヴュルツブルクは司教領だったと言う事もあって教会が多い。街の中心マルクト広場にはマリエン・カペレが、また街中にも至るところにアウグスティーナー教会、ノイミュンスター教会、大聖堂(Dom)が建ち並ぶ。疲れた足を引きずりながら教会を眺めて歩き、ボックスボイテル(=「山羊の陰嚢」!)と呼ばれる独自の形状の瓶でも知られる辛口白ワイン、フランケンワインを楽しむ。

歩き疲れもそうだが、さすがに高緯度に位置するドイツは日本に較べても相当寒い。ましてや今年の日本の夏は猛暑。月曜日にドイツ入りしたときにも肌寒いな、と感じたが(何しろ地下鉄に乗ったらマフラーやらダウンジャケットやら、とても9月中旬には思えない服装がぞろぞろ)、さらにこの日は雨。この後、南ドイツの山岳地方入りする事も考えて、上着を買うことにした。ドイツを歩いているとそこらじゅうで"Jack Wolfskin"と言うロゴ入りのジャケットを着ている人が目立つ。アメリカの"The North Face"みたいなもので、地元ドイツのアウトドア・ブランドらしい。ちょうどヴュルツブルクの大通りに店舗を見つけたので飛び込みで購入。後で分かるが、このお買い物は大成功であった。
posted by としゆき at 20:24| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月03日

ハイデルベルク

独逸』、

フランクフルト』、

フランクフルト2』の続き。

ドイツ2日目。この日は電車でハイデルベルクまで日帰り。特に予約もしていなかったが、ドイツ鉄道(DB=Deutsche Bahn)版「みどりの窓口」で簡単に購入出来る。日本では余り見かけないが、車両の窓側一方が通路になっており、反対側にはコンパートメントの個室が並ぶ。フランクフルトから1時間弱でハイデルベルク到着。ハイデルベルクは、マンハイムからプラハ(チェコ)まで走る、ドイツ古城街道沿いの中心都市であり、ドイツ最古の大学と、プファルツ選帝侯の居城で知られる。何故かは知らねど、ドイツの多くの都市の中でも日本人とアメリカ人に大人気らしい。

観光名所は旧市街の小さな領域に集中している。朝から生憎の天気だったが、まずは駅からバスで大学広場へ。ハイデルベルク大学には、高校時代の友人も留学していたので、何となく身近に感じる。図書館では勉学に励む学生も多く、学生時代が懐かしくなった。

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どこもそうなのかもしれないが、ハイデルベルク大学も治外法権とされており、キャンパス内での不祥事には、大学当局が責任を持って学生を収監していた。そのために使われた学生牢が今でも残っている。牢での生活はそれなりに自由であったようで、食事や書物はもちろん、お酒の差し入れも認められていたらしい。牢内の部屋間でも移動は自由で、ここの学生牢に入る事は、一種の通過儀礼、いやしくもハイデルベルク大学に学ぶもの、一度は経験せねば…と言うノリだったと言う。それでも時間だけは充分にあったのだろう、収監された学生による落書きが今でも残っている。

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大学を後にし、ケーブルカーでもう一つの街の名所であるハイデルベルク城に向かう。数百年に渡って増改築が繰り返され、30年戦争を始めとする幾度もの戦火を経て破壊された部分も目立つ。
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城の地下には、税として領民から集めたワインを貯蔵した大樽が存在する。

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さて、大学から再び山を下り、市内を流れるネッカー川対岸の哲学者の道(Philosophenweg)を歩いてみる。本当はハイデルベルク城から降りてきて、そのままカール・テオドール橋を渡り、シュランゲン小道と呼ばれる急峻な坂道を登っていけばすぐそこなのだが、足腰に自信がなかったので敢えて遠回り。1キロ程西にあるテオドール・ホイス橋を渡り、哲学者の道をゆっくりと歩いていく。ちなみに、日本のガイドブックではシュランゲン小道が本来であり、遠回りは次善の策の様に書いてあるのだが、駅前にあるツーリスト・インフォメーションにあったガイドではむしろ「足に自信があればシュランゲン小道を逆に登っては?」と言う書き方になっている。もっと余談だが、このツーリスト・インフォメーション、ドイツ語で必死に会話していたのだが、相手が真剣に説明してくれればくれるほどボロが出て、最後には「地図があるんだけど…ドイツ語じゃなくて英語にする?…それとも、本当は日本語?」と、完全に敗北したのであった。

ゲーテも歩いた(だろう)と言われる哲学者の道。僕も散策とともに思索に耽るか…なんて思っていたら、ハイデルベルク大学の理論物理学研究所(Institut fuer Theoretische Physik)を発見。まあ、根っからの理科系人間なんで、哲学してても気が散るって事で。

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ハイデルベルクの景観を楽しむのは、この哲学者の道からが一番とされる。しかも、時間帯によって雰囲気も変わるということで、本当であれば何度でも訪れてみたいが、そこは時間のない観光旅行の悲しさ、曇ったこの日ではなく、晴れたハイデルベルクの街も眺めてみたいものだ。

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この後、プファルツ選帝侯博物館へと向かう。ガイドブック等では余り大きく取り上げられていないが、展示物の量、内部の広さとも相当なもの。片手間に眺めて歩くだけではもったいないくらい。ちょっと笑ってしまったのは、僕らがデパートで見るような金髪碧眼の「洋風マネキン」が獣の皮の衣装を着てたりした原始時代の展示。まあ、実際にそうだったのかもしれないけれど…。

夕方にハイデルベルクを後にしフランクフルトへ戻り、現地の友人と合流して夕食に。ガイドブックでもフランクフルト中央駅から、中心となるカイザー通りは「夜の治安にやや難あり」…等と書いてあったのだが、実際に歩いてみると、家族連れがレストランのテラス席で食事をしているすぐ横に、何やら怪しげな「大人向け」のお店が普通に店を構えていたりして、そういうことかと思ったりする。ドイツ人はこの辺、意外と無頓着なのかな?

フランクフルト名物のアプフェルワインを飲みながら友人と久々の再会を祝す。明日はヴュルツブルグに向かうという話をすると、何やらハリウッド映画「三銃士」の撮影が行われており、観光名所のレジデンツ等に入場できないかも…と警告されてしまう。こればっかりは実際に行ってみないと分からないのだが、さてどうなることやら。
posted by としゆき at 19:01| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | ドイツ紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする